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結婚しよう!
「聖地巡礼したら作品どおりにやらないとね」
「ああー、やっぱダイエットすりゃよかった……タキシード入るかなあ」
「入らなければ、お腹を出して撮影な」
「ひどい……自分が細いからってひどすぎる」
僕たちは軽口を叩きながら、庭を歩いた。白薔薇は昨夜の雨のせいか、むせ返るような芳しい香りを放っていた。
この教会を訪れたふたりは何組みいるんだろう。きっとこの薔薇の香りを胸いっぱいに吸いながら、永遠の愛を誓ったにちがいない。
僕たちはそれぞれ、控え室に向かった。
恋愛リアリティーショーのロケ地になったこの教会の神父は、心が広かった。
『どんなふたりでもいらしてください』と宣伝する、『ちいさな教会のちいさなウエディングプラン』は、国内外問わずいろいろなカップルが利用しているらしい。
三ヶ月前。教会のサイトを見ていた拓実が、僕の仕事部屋にノックもせずに飛び込んできたのだ。
『千歳、結婚しよう!』
無計画な彼らしいプロポーズだった。
椅子に座る僕に膝をついて寄ってきたから、その姿は偶然、お姫さまに愛の言葉を贈る王子様のように見えた。ときめいてしまったのは、まだないしょにしている。
いつか僕は拓実に打ち明けるんだろうな。
あの瞬間、初めてのキスみたいにドキドキしたんだよって。
「うわあ、千歳……かっこいい……」
「拓実もきまってるよ。ボタンちゃんと留まってるね」
「お腹、引っ込めてます……」
「え!?」
「息をしたらヤバい……息をしたらヤバい」
「サイズがなかったのか……」
「どうしてもホワイトのタキシードが着たくて。千歳がグレイを着るって言っていたから、並んだときにブラックはバランス悪そうでさ」
「そんなんで誓いの言葉いえるの?」
「ひとことだからイケる!」
拓実が手を差し出してきた。
手を添えるのがいいんだろうか。それとも、どちらかが腕を組むのか。
迷った僕の手を、拓実はしっかり握った。もちろん恋人つなぎ。
「千歳。永遠の愛を誓うんだから、しっかりつないでおこうな?」
「うん!」
拓実と僕は歩き出す。神父と聖歌隊、演奏家たちが見守る。いつもテレビで聴いていた厳かな歌。
いまは、僕たちのための歌だ。
『俺たち、バージンロードを歩いていいのか? バージンじゃないのに!』
ゆうべ、前祝いにふたりで飲んでいたときに、拓実は何度もつぶやいていた。そんな拓実の照れ隠しを思い出して、僕は吹き出しそうになった。
ふと拓実を見つめると、彼の瞳はうるんでいた。僕に告白してきたときとおなじ顔だった。
ステンドグラスから陽の光が差し込む。
いろとりどりの優しい光は、僕たちが過ごしてきたさまざまな感情の日々を表しているようだった。
僕らにはこれから、どんな光が降り注ぐんだろう。華やかな光ばかりだといいけれど、悲しい光でも、苦しい光でも受け入れたい。
永遠の愛が明るいものばかりではないと、僕たちはもうわかっている。
それでもつくりあげるんだ。
拓実と生きる道を。拓実との絆を。
【了】
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