おむかえ

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おむかえ

 小学校の低学年の頃からだろうか。  僕が休みの日、父の夜勤明けの時間に天気予報が外れて雨が降っていると、駅の公衆電話から家に電話が入った。  母は電話を切ると、僕に「(こう)ちゃん、お父さんが傘持ってきてって言ってるよ」と言う。  僕は肯いて、自分の傘を差し、父の傘を持って家を出た。  その当時は携帯もなければ、百円ショップもなく、ビニール傘もなかった。  十五分歩いて駅に着くと、父がパチンコ店の軒下に立っていた。  当時、僕達が住んでいた東京都下の駅もまた、駅前に小さな商店と蕎麦屋、それにパチンコ店があるだけだった。 「おかえりなさい」  そう言って僕が傘を渡すと、父は「ただいま」と言って傘を受け取った。  それから二人で傘を差して家に戻るのだが、特に会話があるわけではなかった。 「ほら」  歩きながら父がそう言って、ポケットからキャラメルの箱やチョコレート菓子の小袋を出してくれた。  雨の日で傘がない夜勤明けの日、父は僕の迎えを待つ間だけ、少額を玉に換えてパチンコをするのが習慣だった。  毎回ではないが、玉が出た時はお菓子と交換してポケットに忍ばせ、帰り道で僕に渡してくれた。  仕事で神経をすり減らし、その十五分だけと決めた遊びの時間が、父にとっては気分転換だったのかもしれない。  決してパチンコにのめり込まないのが、実直な父らしかった。  僕はこのお迎えが嫌いじゃなかった。  お菓子をもらえるから、だけではない。母親には内緒の、男同士の秘密の時間を共有しているようで、なんだか嬉しかったのだ。  無口で冗談も言わない父だけれど、多分、僕は父を好きだったんだと思う。
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