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おかえり
駅へ向かう車の中で、高倉さんから聞いたことがあった。
「お父上はポケットに飴玉やキャラメルを入れて、大家さんのお孫さんにあげていたそうですよ」
父は昔、息子にそうしていたことを思い出していたのだろうか。目頭が熱くなった。
「本当にお世話になりました」
そう言って車を下りようとした僕に、高倉さんはそうだと言って胸ポケットから封筒を取り出した。
「お渡しするのを忘れるところでした。お父上の身元に繋がるものがなかったのですが、これを箪笥の引き出しから見つけて、漸くあなたにたどり着くことができたんです」
僕は封筒から中身を取り出した。それは新聞の切り抜きだった。
「これは……」
僕はそれ以上、言葉にならなかった。
「同じ飯島さんでしたから、ご親族だと思い当たったのです」
それは僕が警察官になって初めて、警視総監賞をもらった時の新聞記事だった。全国的に注目を浴びた事件だったために、新聞に取り上げられたのだ。
「お父上は自分と同じ道を選んだ息子さんのご活躍を知り、誇りに思っていたんですね。その息子さんに迎えにきてもらえて、きっと喜んでおられることでしょう」
高倉さんの言葉に、僕はもう何も答えられず、ただ頭を下げた。
あの時、「いってきます」と言って出かけたまま帰らなかった父が、三十年の時を経て「ただいま」と帰ってきた気がした。
「父さん、おかえり」
僕は新聞記事の入った封筒を仏壇の引き出しにしまうと、そう遺骨に語りかけた。
<了>
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