「おかえり」が言えない

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 母が……。  母さんが、死んで……十三回忌?  だって、そうしたら……毎日俺に「ただいま」と言うあの声は、誰なんだ。  途端に吐き気が込み上げて、便所へ向かおうと扉に手を伸ばした時だ。 「キヨシぃ。電話なんて珍しいねぇ。お友達? よかったねぇ……」  聞き慣れた声が扉一枚隔てて、べったりと這い寄ってきた。  俺はカーテンの向こうと、壁掛け時計を確認する。まだ正午を回ったところだ。普通なら、いるはずのない時間になぜ母……がいる? 「こ、こんな時間に……どうした、の」  久しぶりにたくさん発声したせいか、情けないくらいに声が震えてしまう。 「予定が狂ってねぇ、今日は早上がりなの。ラッキー! キヨシも……いつもなら寝てる時間なのにねぇ。偶然って面白いねぇ」  母……の声は言葉のわりに高揚した様子ではない。どこか、俺に探りを入れるような気配がした。  そして言う。いつもの一言を。 「ただいまぁ、キヨシぃ」  俺は今日も、「母」に「おかえり」が言えない――。 ―― お終い ――
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