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それからずっと、こんな関係は続いている。
悪くはない。
Gはそうずっと思っている。
強烈に、胸を焼くような思いはないが、明らかにその声はどんな刺激よりも自分を酔わせるものだった。
奇妙なことに、右の耳から入った時だけにそれが反応するものだから、普段は右側に立たないでくれ、と彼は言っているのだが―――
それ自体、アンジェラスの人間が必ず持つ、何らかの特殊能力の一つなのだろう、と想像することはできる。
だが自分以外の人間に、この年上の友人がそれを使ったという話は聞いたことがない。一見軽げにも見えて、それでいてこの友人は、妙なところで頑固なのだ。無論そんなことはつき合いの浅い相手には決して見せないのだが。
つまりは自分は、この年上の友人から充分以上に好かれているのだろう。そう彼は長いつきあいの間に納得していた。
この先輩は、優秀な軍人――― 多少の軍規違反をする時はあったが――― でもあったから、後輩の自分に教えられることは全て教えてくれた。おかげで彼もまた、この友人と同じ地位にまで昇っている。
ではこれが果たして恋愛かどうか、と問われると、言葉を濁したくなる。
確かに他の人間よりはずっと好きだし関係は持っているしその関係が気持ちがいいのは事実だ。
だが熱い感情があるのか、と言われると、彼はそう断言できない自分に気付くのだ。
悪くはない。平和な時代など知らないのだから、こんな関係もこれなりに。そういうものだろう。
そう彼はぼんやりと考えてしまうのだ。人間のつき合いなんてそんなものだろう、と自己弁護まじりに。
「そう言えば、あのレプリカの首領ってさあ」
耳に飛び込む声に、彼はうつ伏せたまま、軽く友人の方へ顔を向けた。元々明るくもない部屋だが、さらに逆光で、相手の表情が見えない。
「何?」
「あれは一体、何処から送った映像なんだろうな? 転送されてきたとは言っていたけど」
「マレエフ上の何処かからかも知れない?」
「まあな。それも考えられる。そしてそれを隠すためにわざわざ転送したということも」
鷹の言葉に、彼は目を伏せた。
モニターの中のレプリカの首領。大きくくっきりとした二重の目に浮かぶ、強烈な、そして残酷さまでもはらんだような視線を思い出す。
あれをレプリカと考えることの方が彼には難しかった。
強烈な視線。強烈な声。
「何でいきなり、奴ら、あんなこと言い出したんだろうな」
Gはつぶやく。
「必要があるからじゃないのか?」
「何の? それに今更?」
「奴らの思考回路は、判らないよ。俺達には、偉大なる第一世代のようなテレパシイはないからな」
そうだね、と彼はうなづいた。
確かに彼らには、同じアンジェラス星域の人間でありながら、その土地に最初に到達し、適応した第一世代のような特別はっきりした力はなかった。
鷹が彼に対して「声」を駆使していたとしても、それはあくまでひどく個人的な事柄に過ぎない。
不老だ不死だということは共通であるのせよ、世代を追うごとにそういった特殊な能力は薄らいでいる。
だから、結局そんな推測は、事実を元に経験を生かして考えるしかないのだが… 確かに判らないのだ。
今この時点でそんなことを起こして、何のメリットが彼らにあるというのか。
そもそも「独立」と言ったところで、何をしたいのか。
「何、気になる?」
「まあね」
「珍しいな。君がそういうこと言うのは」
「え? そう?」
そうだよ、と鷹はうなづいた。
「そうかなあ?」
言われてみて、そうかもしれない、とGはぼんやりと思う。
「少なくとも俺は、君が何かに特別に興味を持つところを見たことがないけど」
「何、俺、あんたには興味持ってるじゃない」
「…ああそうだな」
どうしたの、と彼は問いかけた。相手の声がこころもち何かを含んでいるような気がしたのだ。
だがその問いかけには、答えはなかった。
逆光で表情も見えない。答えの代わりに、手が伸ばされた。
まだ足りないのか、とぼんやりと考えつつも、彼は伸ばされた手が自分に絡むのを感じていた。
悪くはないのだ。嫌いじゃない。
その声が耳から入り込み、自分の思考すら飛ばしてしまうのも、感覚を何倍にも尖らせるのも、熱い手が自分を抱きしめるのも、揺さぶられるのも、果てには自分の身体がここにあるのかすら判らなくなってしまうような感覚も、時には意識を手放してしまうような瞬間も。
その全てが、彼は嫌いではないのだ。
嫌いでは…
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