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新しい司令が来たのはそれからまもなくだった。
それまでの司令は、特にそれまでの部下に告げることもなく母星へと帰って行った。Gはその知らせを聞いてはいたが、特にこれと言って感じるところのものはなかった。
「M、という名らしい」
年上の友人は食事時に、耳聡いところを彼に見せた。
「M? まるで女性の名だな」
「君はそう思うか?」
「だってそうだろう? 常識で考えれば」
「むしろ俺は、それは昔の何処かの神の名を思い出したね」
へえ、とGは友人の言葉にうなづく。そしてどんな神だったのか、と彼は訊ねた。
「そうだな… よくある一神教のそれじゃなあなくてさ」
「と言うと?」
「自然神と言うか。わりあい原始的な宗教の一種らしいよ。そばにあるもの全てに宿る神って奴かな?ちょっと俺も忘れたけど」
「原始的?」
「まあね。だからこそ、それを信じる心は純粋ってことかな」
「それにちなんでいる名だと?」
「俺はそう思っただけ。別にそうとは限らないだろ?」
それはそうだ、とGは思う。ただ、そんな名を… 持っていた、ならまだいいが、自分でつけたのだったら。
何となく彼はぼんやりとした不安を感じていた。
程なくして新しい司令は、マレエフに到着した。
前司令を見送らなかったと同じく、新司令を大勢で迎えることもなかった。ただ簡単な紹介と、赴任の理由を説明する場が設けられただけだった。
そしてそこで、彼は自分達の新しい司令をその時初めて見た。
一目見た瞬間、彼は息を呑んだ。聞いていたその名が、その姿には、ぴったりと当てはまった。
軍の共通の帽子の下からは、蒼とみまごう程のつややかな長い黒髪がざらりと流れている。
その下には、美しい仮面が。閉じることを忘れたように開かれたくっきりとした目、鮮やかな唇。
…いやもちろんそれは、仮面ではない。生身の顔だった。だがそれを信じるのが難しいくらい、その表情は、動くことを知らない様に、そこに居る誰もに思われたのだ。
Gは無礼であることも忘れて、しばらく新司令の姿に見入っていた。
それに気付いたのかどうなのか、一瞬新司令が自分の方を向いたような気がした。ちらりと、その凍り付いたような視線が、自分に向けられたような気がしたのだ。
だがそれはほんの一瞬のこと――― だったに違いない。
席につくと、新司令のMは、無言のまま手にしていた鞭を軽く上げ、副司令に説明をうながした。
副司令は慌てて用意していた説明用の画像をセットさせた。
ぶ、と軽い音がして、映像が正面のスクリーンに開いた。
新しい司令の着任の理由と、それに伴う作戦について軽く説明を始まる。
Gはやや緊張した。変化の無かったこの地に、変化が起こるのだ。彼はちら、と司令に視線を移した。―――その途端、彼は眉を軽くひそめた。
説明の主人公であるはずの司令は、その様子を表情を映し出さない目で、さほどの興味も湧かない、とでも言うように投げやりに眺めている。
副司令はそんな視線に気づいたのか気づかないのか、続ける。
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