第4話 新司令との出会い、自分を忘れたい夜

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「君らしくない。どうしたんだ?」 「俺らしくない?」  彼は軽く身体を起こすと、友人に向かってぐっと身を乗り出した。どうして自分がこんなにむきになっているのか、彼には判らなかった。だが言わずにはいられないのだ。この苛立ちを、焦燥感を。 「あんたはじゃあ、そう言える程俺を知ってるって言うのか? 俺だって知らなかったって言うのに…」 「知らなかった?」 「知らなかったよ。自分の中に、こんなに…」  掴まれた肩を大きく揺すって友人の手を払う。そして無意識のうちに、自分の両手が自分自身を抱きしめるのが判る。袖を強く掴む。  こんなに、誰かに対して、口惜しいと思う心があるなんて。  口惜しくて、そして… 「こんなに…?」  Gはぶるぶる、と首を横に大きく振った。彼はその感情の正体を自分自身に明かすのが怖かった。ひどく強烈で、そして…  身体の中が、あやしくざわつく。 「…頼むから、俺を、捕まえていてくれよ」  彼は戸惑う友人の身体に、その身体を預ける。シャツごしに感じられる友人の身体は熱い。ひどく今は、その熱さが欲しかった。  そしてその声が、右の耳に飛び込んでくるのを待った。あの声が欲しかった。無条件に自分の意識を飛ばしてくれる、あの声が。 「…頼むから」 *  世代間格差、というのは、年々大きくなるように彼らには感じられていた。  世代の差、というものについて、彼らは小さい頃から教えられる。  それは両親からである場合もあるし、両親以外の他の同族からである場合もある。  人口が多くないその惑星においては、全ての一世代上の大人が全ての一世代下の子供の親である、という思想が行き渡っていた。  そしてそれは、全て口伝である。紙やディスクといった、残るものに焼き付けることは許されていなかった。  口にすることは、その惑星上では自由だった。  ただ、その惑星にやってくる者に伝えることは許されていなかった。  伝えようとすると何処からかそれを感じとった上位世代から、何らかの精神攻撃が来るので、それは不可能と言ってもよかった。何しろその精神攻撃は強烈で、さすがの天使種も、―――肉体はともかく、精神を完全に破壊されてしまうので。  そしてその母星を離れたものについては。  教育というものは恐ろしいもので、まず殆どの者が、それを口にするなどいうことは「考えない」。  考えられないのだ。考えられなければ、口に出すことはない。  軍隊の場合は、ややそれが緩くなるのは当然と言えよう。そこに他星の者が入り込む隙がない。そこは母星と大して変わらないのである。少なくとも、他星の人間の波動はそこにはないのだ。  どれだけ下位世代になっても、その波動を感じ取る程度の感応力はある。  だが彼はその中では自分は鈍い方だと思っていた。  自分がそんなに何ごとにつけて感じやすい奴だとは、考えたくもなかった。  実際、そんな感覚を自分に引き起こすのは、今現在自分の上に居る相手位だ、と考えていた。  否応無しに理性を事象の地平線の向こう側へ飛ばしてしまうような、そんな相手は。  ―――力の抜けた身体を、その熱い手で相手のいい様に扱われるのはとても気持ちがいい。  特に、自分が自分自身であることに疲れるような日には。  自分自身でしかないことを思い知らされるような日には。  そんな時の行為には、自分が何やら自分自身ではなくて、一個の物になってしまったような、そんな感覚があった。それは明らかに快感だった。  無論、昼間職務についている間にはまず考えることはないが、確かに彼はその時、そう感じているのだ。  だが、そんな感覚を誰に対しても持っていたとしら、それこそ彼は冗談じゃない、と思う。  とりあえず今までは、そんなことはないと思っていた。  同じ様に右側から囁かれたとしても、この年上の友人のようなことはない。  この友人にしたところで、それ以外の部分で、自分を果たしてそんな風にさせるか、と言えば…―――判らない。  とは言え、この友人の熱さは心地よかった。頭の芯がぼんやりした状態の中で、手を絡ませたり首にすがりついたり胸を合わせたり…  意識を閉ざす――― 眠りに似た快感に近かった。  ずっとこのままだったら、どれだけ気持ちがいいだろう、と考えずにいられない程だった。  だがあの司令は。  あの司令に触れられた時、同じように、一瞬意識の何かが飛んだ。  なのに、そこには、こんな熱さはなかった。代わりにあったのは、ひどい冷たさだけだった。  何だったんだ、と彼は司令の部屋から出て自室に戻るまでの間、混乱する頭で必死に考えていた。  あの冷たさは、この年上の友人の熱さとは逆に、眠っている所に水を掛けられたような感触があった。  否応無しに、彼は起こされた。  全身の寒気は、なかなか引かなかった。  だからこそ、彼はこうやってここに来ているのだった。  彼自身、言葉にできなくとも、したくなくとも、気づいてはいるのだ。  熱さと冷たさという違いはあれども、両極端、つりあう天秤の度合いで、この年上の友人と同じくらいに、あの司令にも惹かれているのだ、と。  とりあえず今は、その冷たさを忘れさせてほしかった。  熱さでも痛みでも何でも良かった。  自分が第七世代であることも、あの司令に惹かれかけていることも、何もかも。  予感がするのだ。  あの司令は、自分に何かの変化をもたらすような気がしていた。  変化は、良かれ悪しかれ、不安なものだった。  その不安をも、彼はなるべくだったら感じたくはなかったのだ。なるべく、遠くへ、遠くへとやっておきたかった。  …俺はひどいことをしているな。  飛ばしきれない意識の片隅で、彼は内心つぶやく。
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