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それは彼が言うまいとしていたことだった。どれだけ表層的に本当のことを言ってしまおうと、その部分だけは言うまいとしていたことだった。
何故、と彼は司令の顔を真正面から見据えた。だがその美しい顔は、ぴくりとも表情を変えはしてはいない。
「そんなこと…」
「我らが天使種と機械を同一視するなど言語道断」
彼は弾かれたように身を引いた。その言葉は確かに自分の中にあったのだ。読まれたのか、と彼は突差に思った。
「今は読んだ訳ではない」
司令は抑揚の無い声で続ける。
「それはお前の中にずっとあった言葉だ」
「僕の…」
「だがG少佐。天使種の何処が偉大だと言うのだ」
司令は――― 第一世代の一人であるはずの者が、確かにそう言った。
Gは耳を疑った。少なくとも、第一世代がそう口にするとは、彼は想像すらしたことがなかった。
「我々天使種は所詮は旧時代の人間と新天地の異相の生物が融合した新生物に過ぎない。それもあの惑星で生き残るための手段に過ぎない。それを何やら不死不老だからと言ったところで生物惑星であるHLM(ハーフリキッドメモリーズ)を頭脳に持つレプリカや生物的次元がややずれているゆえに生物の生気を取り入れ永く生きる古典的に存在している吸血鬼や魔物とどう違うというのだ?」
その長い、抑揚の無い言葉に、Gは息を呑んだ。
その言葉の全てを理解できた訳ではない。
HLMが生物惑星? 吸血鬼や魔物?
引き合いに出されたもの自体が彼には理解のできないものだった。
だが確かに彼はその言葉に混乱した。頭の中の何処かが、ひどく冷たく、すうっと醒めていくような気がした。
身体中に、得体の知れない悪寒と震えが走った。それに気づいてか気づかないでか、司令の視線はずっと彼の上にあった。
答を求められている。それに気付いた時、彼は愕然とした。
答えなくてはならないのだろうか。
「…それは…」
「それは?」
うながされる。近付く、大きく見開かれた深い黒い瞳から、目が離せない。
「こ、こたえられません」
そう、答えられない。禁忌事項だった。
誰も聞いていないような夜中、友人に愚痴のように漏らすのならともかく、この第一世代の一人に軽々しく口にしてもよいことではない筈なのだ。
Mは黙って手の中の鞭を軽く手でもてあそんだ。その動作は、何故? と彼に訊ねていた。
「…それは…」
ひゅ、と何かが空を切る音が聞こえた。そして次の瞬間、彼は自分の頬に鋭い痛みを感じていた。司令の鞭の先は、自分の頬に突きつけられていた。
「答えろ」
Gは息を呑んだ。蒼の麗人は、無表情のまま、軽く彼の頬に突き立てたままの鞭を揺らした。その振動が伝わるごと、彼の背筋に恐怖に似た悪寒が走った。
だがそれは恐怖に似ているだけで、そうではないことにも彼自身気付いていた。
「お前の考えを」
「…その通りです… 司令のおっしゃる通り…」
「何がその通りだ。言ってみろ。我らが禁忌を恐れているのか? 私の前だ。それが何であろう?」
微かに、そのくっきりと線を描く唇が笑ったように、彼には思えた。くい、と鞭に込められた力が明らかに強くなった。
「…我々は、進化種でも神に近い存在でもなく、ただの複合生命体です」
そして、この司令の言うことが本当なら。…レプリカが、ただの機械ではなく、何らかの生物だというのなら。機械の身体を借りただけの生物と言うのなら。
「レプリカをその意味で、追撃する資格などない者です…」
頬に当てられていた痛みが消えた。微かに、ほんの微かにMの目が細められているように、彼には見えた。
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