第2話 むかしむかしの綺麗な綺麗な出会い

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*  きっかけは、士官学校がお祭り騒ぎの準備に追われていたことだった。  戦争中の軍隊とは言え、毎日が毎日、戦闘に明け暮れている訳ではない。何かしら祖先の祝祭日には上官を説得してお祭り騒ぎをしようと試みるのが通例である。  それはその下にある士官学校にしても同じだった。いや、実戦に出ることがない学校の生徒なら、なお当然だったとも言える。  誰もが皆、戦争に出て死ぬ可能性を当然と思っているくせに、その傍らで、お祭りで浮かれ騒ぐこともまた当然だと考えていた。  そんな浮かれ騒ぎの雰囲気の中で、Gは成りゆきで合唱隊のピアノの伴奏を引き受けることとなってしまった。たまたま母星の故郷に居た頃に修練していたピアノの腕を買われたのである。  何でここで合唱隊なんだ、と考えたところで始まらない。他の同期生に誰もピアノを弾ける者がいなかったこともあり、彼は結局伴奏を引き受けてしまった。  そしてそこで、顔はともかく、名前までは覚えてはいなかった上級生と出会ったのだ。  果たしてそれが偶然であったのかどうかは彼には判らない。相手を知らなかった当時も、知っている現在も。  その時期の放課後、彼は個人練習と称してそう大きくもない宿舎の娯楽室を占領してピアノを弾いていた。  時間はそう長くは取れなかった。他の生徒が外で準備に追われている間だけ。押しつけられたような役割なのに、そのあたりの規則は守らなくてはならないのがやや理不尽に感じられる。  さすがに士官学校に入ってからはずっと弾いていなかったので、ピアノを弾く指もやや鈍っていた。するといきおい、練習に励む手も熱心になり、集中した耳は外の音も聞こえにくくなる。  だから、その時彼は、心臓が止まるかと思った。  その上級生は、何の前触れもなくやってきた。  音も立てずに娯楽室を横切り、アプライトのピアノを弾く彼の右横に立った。  弾かれたように顔を上げた彼は、しばらく集中していたせいか、そこに立っていたのが、顔しか知らない上級生だというのを思い出すのにやや時間がかかった。  そんな彼に、上級生はああそうか、という顔をした。そういう態度を示す者には見覚えがあったらしい。 「何の用ですか?」  ややぶっきらぼうに彼は訊いた。  頭の接続の切り替えが上手くいかないのか、表情が堅くなっていることは、彼自身気付いていた。だが気にするような性格でもなかった。  上級生は、それに気付いてか気付かずか、努めて親切な口調で彼に話しかけた。 「実は先日、俺は用事があって歌の練習に出られなかったんだ」  上級生は、そう言ってピアノの上にあった楽譜の、一番上のパートを指し、俺はここね、と付け足した。 「一応読めるけどね、ちゃんと覚えたいから、弾いてくれないかな?」  ああ…、とうなづきながら、ようやくやや落ち着いた彼は、言われる通りに、上級生が指した譜面のメロディをたどった。歌う側に合わせた、メロディつきの伴奏を彼の指は奏でる。それはそう難しいことではない。  二小節ばかり進んだところで、上級生は、歌い始めた。  だがその次の瞬間、彼の両肩はぴくん、と何の前触れもなく上がった。  電気が走ったような感触が、確かにあった。そしてその電気が、自分の右半身から力を脱けさせるのを。  全身が硬直した。手が止まった。
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