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着替えに使っていた部屋とは正反対に外の音は一切遮断され、わざわざ呼ばれた音楽家による二胡の演奏が静かに響く最高級の個室ではウェン・チャオが憧燿を伴って取引相手と食事をしていた。
出入口のサイドテーブルに次々と置かれていく食事や飲み物を給仕の女たち三人が黙々と丸テーブルへと運んでいたがその中の一人に雪十が混ざっていた。
しぶしぶ選んだ群青色のチャイナ服にエクステで髪を足してまとめ上げた姿は違和感は覚えるものの女たちの中に不自然なくらいに自然と紛れられていた。
多分それは憧燿の何かしらの術が関係しているのだろうし、ウェン・チャオがそれを密かに指示していたのだろうことも雪十の中では想像がついていた。
インドからやって来たとする取引相手はウェン・チャオの本拠地で取引をするのだから、その場所は自分の命が保障できなければならないことを条件としてきたらしい。
相手の決める店で、相手にはたくさんの護衛が付く中でウェン・チャオに許された護衛の人数はたった一人だった。
店の外にさえ出ればウェン・チャオの庭ではあったがそこまでに自分の命の保障が無い状況で思いついたのが憧燿を護衛につけ、雪十を給仕として密かに紛れ込ませること。
憧燿が陰陽術師であることやそれがどんな力を持っているのかなど取引相手には想像も付かない。
相手はウェン・チャオの紹介した通り、憧燿は占い師であることを信じ、「こんな大切な取引を占い師に相談するような奴なのか」と油断もしていた。
会話には英語が使われていたから何の取引なのか雪十にも理解出来ていたがそこに個人の感情を挟むつもりはない。
自分の心を殺してその場に居ることはずっとやって来ていたことだから。
今、ここに自分が居るのはウェン・チャオへの借りを返すため。
ある意味無心になって取引相手のグラスにビールを注いでいると雪十は臀部に違和感を覚えた。
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