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目線だけをずらして確認するとウェン・チャオと話をしている初老の取引相手の手が自分の尻を撫でていたのだ。 変装としてたった一回しか着ないだろう服なのにあつらえは最高品質のチャイナ服は撫で心地も良いだろうことは着ている本人がよく分かっている。だからと言ってセクハラをしても良いことにはならない。 だが瞬時にして雪十は自分の怒りよりも憧燿への対応に頭を切り替えた。 目の前の食事には一切手を付けずに酒だけを飲んでいる憧燿の目線はテーブルへと下ろされていてこちらを見ているようには思えなかったが彼の目がこちらを向いていなくても視られていることは雪十の経験上分かっていた。 誰一人も傷つけてはならない。何もしてはならない。 雪十の目が憧燿を見据えると彼はちらりとだけ目線を上げてまた何事もなかったかのように酒の入った盃に口を付けた。 思い掛けないハプニングをどうにか乗り切り、すべての食事を運び終えた雪十は女たちを残して一人、部屋を出て行った。 勝手な判断だったがこれ以上あの場に居て、取引相手の行動がエスカレートする方が事が大きくなると思ったから。憧燿なら給仕の女たちまでも一緒に皆殺しにしてしまうだろう。 ビルの非常階段に出ると胸元のボタンをはずして雪十は深呼吸をした。手すりに両手を付いて肩から脱力すると張りつめていた緊張を解く。 「とりあえず着替えよ」 髪を留めるヘアピンを抜きながら振り返った雪十は勝手に開くドアに足を止めた。 そこには二人組の男が立っており、取引相手の護衛として列の端に並んでいた奴らなのに気付いた。 「お前、スズミユキトだろ」 ほぼ確信を持って尋ねる男を雪十は黙って睨んだ。 「あんだけの懸賞金が掛けられてて、どんな悪さをしたのかって思ってたけど…なるほどな」 雪十の姿を上から下まで舐めるように眺めると男たちは下品な笑いを浮かべた。 「男同士の愛憎のもつれってやつか?」 「キモッ」 お互いを見て鼻で笑う男たちの目が瞬時に雪十へと向けられて襲い掛かってきたが予測の付いていた雪十は手にしていたヘアピンで男たちの目を突いた。 予想してなかった反撃と痛みに男たちの叫び声が上がり、雪十は踵を返すと手すりを乗り越えてその場から逃げたのだった。
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