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新幹線内のアナウンスで、絹都は目を覚ました。新幹線を降り、私鉄に乗り換え、私鉄の駅でバス停のベンチに座る。今日の最終のバスは、つい先程出発してしまったらしい。
自分でもわからない自分に突き動かされるように、見知らぬ土地に来てしまった。行く当ては、ある。だが、相手が絹都を受け入れてくれる保証は、ない。
絹都は駅の真ん前のタクシー会社に入り、タクシーを利用することにした。スマートフォンを見せて目的地を告げると、年配の運転手は快く引き受けてくれた。
「近頃は若い子がこんな田舎に来るようになったんだよ。近頃っていっても、ここ数年の話だけどね。夏祭りの和太鼓が目当てみたいだよ。ネットのお蔭かね。和太鼓保存会の男の子が、芸能人みたいで格好良いって。でも、あの子も気の毒だな。ネットで職場まで特定されちまううんだから」
絹都が喋らなくても、運転手は勝手に話をしてくれる。
「そういや、ネットの子の職場も、あそこだった気が」
目的地に着いた。絹都は現金で運賃を支払い、運転手に頭を下げた。
夕方になっても、強い日差しと熱気が肌を刺す。スマートフォンで時刻を確認すると、ぎりぎり開館時間内だった。
絹都の目的地は、村の複合施設。厳密には、建物内の図書館である。
脚が震えていた。階段で2階に上がり、ガラス戸を押して図書館に入る。
カウンターのおばさんが、胡乱な目で絹都を見てくる。自分のことをどうに説明しようか、絹都は考えていなかった。声をかけようとしても、声が出ない。通学に使うリュックサックを背負ってきたことを思い出し、一か八か、生徒手帳を見せた。
おばさんは小さく目を見開き、ちょっと待っててね、とカウンターの奥の事務所らしき場所に行ってしまった。おばさんの目の動きが、生徒手帳の氏名を見ていたように、絹都には見えた。
「敬太くん、ちょっと」
おばさんが口にした名が、絹都には懐かしかった。
「絹都が!?」
事務所から驚く声が聞こえ、すぐにカウンターに男性が出てきた。
「絹都……!」
その人は、和太鼓の動画の人と同じで、10年も会っていないはずなのに絹都の記憶の中と何も変わっていなかった。
――お兄ちゃん!
喉の奥が、疼く。呼びたい。
「以前に話した、弟です」
その人は、カウンターから出てきて、絹都に駆け寄り顔を綻ばせる。
「絹都、久しぶり。わかるよ、面影あるもの。大きくなったな」
迷わずに絹都を認識したその人は、絹都とは13歳離れた異母兄、敬太だった。
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