弟の声、兄の音

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 絹都が両親の事情を知ったのは、小学校に入学した年。兄が家を出ていった後だった。  絹都の母は父の後妻で、前妻は病気で亡くなった。その人が、敬太の母だった。それから時間を置かず、父は再婚。生まれたのが、絹都だった。  絹都の母は、製菓学校を卒業してすぐに就職した洋菓子店で仕事で必要な菓子折を買う父に懸想し、父も色仕掛けに騙された、というのが近所での人の話である。  父は仕事中に急性心不全で他界。絹都は当時未満児で、父の顔を覚えていない。絹都を育ててくれたのは、母ではなく兄だった。兄は高校を中退して絹都の世話をしてくれた。母は、父の残した金を開業と自宅新築の資金に当て、パティスリー・サンドリヨンを開店。時間をかけて才能を開花させ、信望者(ファン)を集めた。  兄がいなくなってから、絹都は学校以外の時間の多くを、母の店で過ごすようになった。絹都が店を手伝うことは、自営業の親の手伝いに該当し、法的には問題ないらしい。中学3年生の三者面談で、絹都を高校進学させる意思がない母に、担任は進学を無理矢理薦め、絹都は地元の底辺高校に進学できた。  思い返せば、兄がいなくなってから絹都の生活は、母の目の届く範囲で完結していた。祖父母はいるらしいが、交流は皆無。近所の人も、パティスリー・サンドリヨンの信望者に気圧(けお)されて絹都にも近寄らなくなった。
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