2人が本棚に入れています
本棚に追加
19時半。兄の車に乗せてもらい、村の文化会館というところに向かった。
「敬太くん、その子、前に話してくれた弟かい?」
「そうです。この子が、弟の絹都です。見学に連れてきました」
「良いねー。若い子が来てくれると、おじさん達も張り合いがあるよ」
「そうですね。俺も張り合いがあります」
「敬太くんは若いだろうに!」
「そんなことないですよー」
おじさん達と軽口を叩き合いながら、兄は手慣れたように和太鼓を設置する。絹都の知る10年前の兄より、元気そうだ。
「あ、電話が来ちまった。河井さんの自宅からだ。先に練習しててくれ」
「了解です。じゃあ、『光輝』から演奏りましょう」
兄が良い声で仕切り、ばちを手にして長胴太鼓の前に立った。つづみのような平たい太鼓が空いた状態で、掛け声と共に演奏が始まる。
刹那、地響きのような振動が足元から湧き上がった。巨大な植物が突然生えてきてもおかしくない、絹都が今まで感じたことのない震え方だ。和太鼓、特に長胴太鼓はサイズが大きいとはいえ、生み出される鼓動は桁違いだ。演者の鼓動がそのまま振動となって伝わる錯覚に飲み込まれ演奏に引き込まれる。おじさんに交ざって兄みたいな男前がパワフルに太鼓を叩いていたら、格好の的になる。SNSで話題になっただけある。
気づくと演奏が終わり、絹都は拍手をしていた。ぼわっと余韻の残る耳が徐々に元通りになる。
電話のために離れていたおじさんが戻ってきた。
「電話、河井さんの旦那からだった。河井さん、熱中症で入院したって。この分だと、来週の祭りは無理そうだ。『夜宴』の笛の担当が河井さんだけど、笛無しでやるか」
「俺、笛やりますよ」
「そりゃ、ありがたいけど……敬太くん、今から覚えるの大変なんじゃ」
「ここに入ってすぐに、『夜宴』の笛をやらせてもらったことがあるんです。笛も持っています。でも、そうしたら長胴が」
「じゃあ、俺が締太鼓じゃなくて長胴をやるよ」
「そうだな。締太鼓が一人減っても、あの曲なら乗り切れるな。じゃあ、敬太くん、笛は任せた」
「了解です」
兄は頼られている。絹都が傍目から見ても、ここは紛れもなく、兄の居場所である。
最初のコメントを投稿しよう!