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曲がり角の出会い
「何で今日に限って起こしてくれなかったんだよ!」
昼休み終了のチャイムで飛び起きた俺は、教室を飛び出し体育館へ猛ダッシュした。
朝までしていたオンラインゲームのせいで、4時間目の古文の授業で睡魔との戦いに敗れ、昼食を食べる事も無く昼休み丸々寝ていたようで。いつもなら友達が起こしてくれるんだけど、今日に限って放置。しかも、5時間目の体育は、昭和からタイムスリップして来たのかとカルチャーショックを受けるくらい怖い教師で。お調子者の俺は遅刻とか、私語とかで既に2回注意を受けているので、今回遅刻すると3回目になる。3回注意を受けると、世にも恐ろしい地獄の罰が与えられると、先輩から伝え聞いているため、それを何とか回避しようと、今、全速力で走っている。
「うわっ!!」
この角を曲がれば体育館にたどり着くという角で、思いっきり誰かとぶつかった。
俺は軽く尻もちをついただけで済んだが、ぶつかった相手は廊下いっぱいにオレンジをぶちまけて、ひっくり返っている。
オレンジが転がる廊下の真ん中で、長い髪が蜘蛛の巣のように広がり目を見開いて天井を見てい女子の姿は、今、まさに魔法陣の中で悪魔召喚を成し遂げたヒロインのようで、胸が、ドクン、と大きく波打った。
しかし、今は人命救助が最優先。
「ごめん!ごめん。頭、打った?それとも背中?もしかして、腰椎複雑骨折?」
散らばっているオレンジを手でどかしながら、倒れている女子を覗き込んだ。
「頭も背中も腰も打ったけど、大して痛く無いから大丈夫。私より、オレンジを」
覗きこんだ俺の目を真っ直ぐ見ながら、淡々と話す声は、波打った俺の胸を締め付けた。
「オ、オレンジ?これ、何に使うヤツ?」
俺は上手く呼吸が出来ないことを誤魔化すように、オレンジを拾いながら質問をする。
「調理実習で使うの。あっ、私、日直で。急いで持って行かなきゃ、だ」
女子は死者が蘇るように、むくッと起き上がると、オレンジを次々と拾い、細い腕に抱えた。
俺も女子につられるように一緒にオレンジを拾っていたら、5時間目が始まる本鈴が鳴った。でも、そんなのどうでも良くて。苦くて爽やかなオレンジの匂いに包まれた二人きりの世界が終わらないで欲しいと願った。
「ありがとう、本宮君。じゃ」
二人で拾い集めたオレンジを段ボール箱に入れ終わると、女子はお礼を言って駆けて行った。
俺は長い髪をなびかせた華奢な後ろ姿が視界から消えるまで、その場を動くことが出来なかった。
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