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君を元気づけたくて、触れてしまったんだ
探していた彼女が「小巻」と言う名前で、1つ年上だと教えてくれて以来、普段学校では見かけない小巻さんの様子を、朝倉さんを見つける度に聞きいていた。今日も食堂で朝倉さんを見つけて情報収集をする。
「小巻さんは元気ですか?」
「何だか今は、夢と現実とのギャップに苦しんでるみたい」
「それって、進路ですか?」
「大きくとらえればそうとも言えるかな」
朝倉さんは瞬きをしたら風がおこりそうなまつげの奥から俺をじっと見て応答える。
「小巻さんって、食堂で見かけないけど、お弁当派なんですか?」
「そうね。いつもどっかの片隅で地縛霊みたいにお弁当をつついてるわ」
俺は朝倉さんの言葉そのままの小巻さんを妄想して、ソワソワした。
「俺、どっかの片隅の小巻さん、探してきます」
俺は学校中のどっかの片隅を肩端から捜索した。廊下も、階段も、校舎の裏にも小巻さんは居なくて。会いたくても会えないもどかしさで、小巻さんの名前を大声で叫びそうになるのを何度も我慢して、もう我慢の限界を迎えようとした時にたどり着いた駐輪所の片隅に、小巻さんは居た。
「小巻さん、やっと見つけた」
しゃがみ込んでじっと地面を見ているつむじに、気持ちを抑えながら静かに声を掛けた。
「本宮君。私、かくれんぼなんてしてないよ」
俺を見上げる姿はまるで、長年一人きりでこの地に留まる事しか許されなかった地縛霊が、初めて人間に認識されたように見えて。その瞬間に、愛おしさが体中を駆け巡り、思わず抱きしめてしまいそうになったけれど、拳をグッと握って何とか踏みとどまり、少し震える声で静かに言葉を返した。
「何してるんですか?こんなところで」
「花が咲いてて。こんな所だから、自転車に踏みつぶされちゃうんじゃ無いかと思ったんだけど、積んで花瓶に生けたとしても、長くはもたないし。だったらこのまま、ここでひっそりと咲き終わるのを見守ろうかと思ってたところなの」
白い小さな花が一輪、小巻さんのようにひっそりと咲いている。俺なら直ぐに摘み取って花瓶に差して、いつでも側で愛でられるようにするだろう。でも、小巻さんは自ら花の側までやって来る人なんだと知った。だから、夢と現実とのギャップに苦しむ小巻さんに、俺がそっと寄り添ってあげたいと思った。
「大丈夫。俺も一緒に見守るから、花も小巻さんも」
小巻さんの隣にしゃがみ込んで、花を見守る小巻さんを見つめた。
「私は見守らなくていいよ」
俺にだけ聞こえるように呟く声は、何だ苦しそうに聞こえて、思わず小さな頭をポンポンと撫でてしまった。
艶やかな黒い髪と手の中に収まりようなほど小さい頭は、とても触り心地が良くて、何度も撫でた。
バシッ!
急に手を払いのけられて驚いていると、小巻さんは立ち上がり俺を見下ろして、言った。
「二度と私に触れないで」
ちゃんと言葉は聞こえたのに、脳が理解することを拒否して、俺の思考と身体がフリーズした。
それはほんの数秒だったけれど、俺のフリーズが解ける頃にはもう、小巻さんは俺の前から姿を消していた。
俺、嫌われてたのか?
嘘だろ?
運命の相手に巡り合えたと思っていたのは俺だけだったなんて、滑稽過ぎて笑える。
でも。
今は、心が痛くて涙がこみ上げてくる。
俺は駐輪所の片隅で、怨霊に取りつかれたように、笑いながら泣いた。
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