もう二度と触れはしないから、逃げないで

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もう二度と触れはしないから、逃げないで

 小巻さんに嫌われていると知ってからの俺の毎日は、もう叶う事は無いと分かっているのに溢れてくる恋心を一つ、一つと積み上げて塔を作り供養しているのに、根拠の無い希望が恋の成就を夢見させて、塔を崩す。しかし、直ぐに現実に戻った俺は、まだ消えない恋心を供養するためにまた積み上げる。の繰り返しで、まるで賽の河原で石を積み上げている子供のようだった。  いつも何かと騒がしい俺が、机に伏したまま一日を終える日が続くと、それはそれで目立つようで、心配した朝倉さんが昼休みで人気のない教室にやって来て、流れる雲をぼ~と見ている俺に話かけた。  「本宮。勝手に失恋した気になってちゃダメよ。ちゃんと告って振られなさい」  「朝倉さん~~~。俺、やっぱり振られるんですかぁ~~?」  もう、涙なしでは恋を語れない俺は、朝倉さんの目が覚めるような金髪がかかる、意外としっかりした肩を掴んでグラグラと揺らした。  「それは、小巻のみぞ知ることでしょ」  ごもっとも。  正論過ぎて、ぐうの音も出ない。  「ほら。小巻なら相変わらず、どこかの片隅でお弁当食べて、どこかの片隅で幸せを探してるだろうから、行ってらっしゃい」  俺は朝倉さんの肩を掴んでいる手に力を入れて、頷いた。  そして、どこかの片隅にいる小巻さんを探しに駆け出した。  廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、体育館裏まで足を伸ばしたけれど、見つからず。駐車場にも駐輪所にもいなくって、もう探す場所が無いよ。とたどり着いた校庭の片隅にある小さな用具倉庫の裏で、何時かみたいに小さくしゃがみ込んでいる小巻さんを見つけた。  小巻さんは、真っ黒な子猫が餌を食べている様子を、何時かの花のように愛でていた。  俺も一緒にこんな片隅で幸せを探したい。  「小巻さん、俺…」  子猫と小巻さんを驚かせないように足音を殺して近づいて、静かに声を掛けた。けれど、小巻さんは肩を跳ね上げるほど驚いて立ち上がり、子猫はすごい速さで逃げて行った。  長い前髪の間からのぞく大きな目を更に大きく見開いている小巻さんを、真正面から見た時、俺の体全部が小巻さんを好きだと言った。だから、ジリジリと後ずさりする小巻さんに、ジリジリと詰め寄り、用具倉庫の壁に行く手を阻まれた小巻さんには触れないように、両手で壁に手を着いて捉えた。  「俺、小巻さんが好きです。俺に触れられるのが嫌なら、指一本触れません。でも、二人で話をしたり、幸せを見つけたり、笑いあったりしたい」  本当は、顔にかかる髪を指で払ってあげたいし、震えている手を握って温めてあげたいし、固く結んだ唇にキスしたい。  「…そのどれもが嫌なくらい、俺の事嫌いですか?」  小巻さんはギュッと目を閉じると、小さく首を振った。  「本宮君の事は好きだけど。本宮君を嫌がる自分も居るの。だからもう、私に近づかないで」  俺の事は好きけど、嫌い?もう近づくな?  それって、どういう事?  小巻さんの言葉が理解できず、壁についていた両手で自分の頭を抱え込んで混乱していると、昼休み終了のチャイムが鳴って、俺を現実に戻した。  現実に戻った俺は、薄暗い用具倉庫の裏に一人だった。  目の前に居たはずの小巻さんはいつの間にか姿を消していて、俺は幽体離脱をした魂のように、フラフラと校庭を横切り校舎に向かった。  俺、フラれたんだよな?    
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