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2.8 未亡人
あるセールスマンが、とある田舎町で日が暮れてしまった。
隣町まで行かなければホテルもないが、もう歩く気力もなくなった男は、少し先に家の灯りを見つけるとほっとして、その家の玄関をたたく。
「すいません、夜分遅く。すいませんが一晩泊めていただけないでしょうか」
彼は疲れ切っていて、出てきたその人に哀願するように頼み込む。
そこの主人らしき女性は、「それはさぞお困りでしょう。何もございませんが、ひと晩だけなら、どうぞ泊まって行ってください」と声をかけてくれた。
家に招きいれ、「大したものは用意できませんが」といって、夕食までご馳走してくれた。
彼は感謝して夕食をいただき、その後でシャワーを使い終わると女主人に寝室に案内される。
「ここには半年前まで主人が使っていたベッドしかありませんが、どうぞゆっすりとお休みになってください」
女主人のその言葉にちょっと引っかかったセールスマンは、「ご主人、どうかなさったんですか」と聞いてしまった。
「ええ、事故で亡くなってしまって。それで思い出すと寂しくなるので、ベッドをこちらの部屋に移しましたの」
悲しそうな顔をしてそう答える。
「そうですか、それは申し訳ないことを聞いてしまってすいません」
「いいえ、いいんです。わたしも早く忘れないといけないと思ってますので」
「そうですか、それではおやすみなさい」
彼は挨拶をして隣の部屋に入ろうとする。
「あ、お伝えするのを忘れてました。この部屋の鍵は壊れてしまっていて、行き来自由になってます」
その女性は、つやっぽい声で男に告げる。
「そうですか、それでは、うち側に椅子でも置いておきます」
彼は、疲れていたのか、思わずそう答えてしまった。
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