鈴ちゃんと裏山の事務所

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 高校生になって1年C組の教室で山見鈴亜(りんあ)さんに声をかけられた。 「(くん)ちゃん私、鈴亜だよ。池添訓太君でしょ」  あっ。その声にそのテンション。僕のアイドルだった鈴ちゃんがこの学校と教室に。後ろを向いて頬をつねってみる。鈴ちゃんはテンション高く話し続けているからマジだ。 「鈴亜・・・さん久しぶり」 「ちょっとさぁ」  どうやら僕の他人行儀のような言葉が気にいらなかったらしい。肩をポンと押された。 「鈴ちゃんで良いよ。男前になると思ってたのよ私」  えっと僕は鈴ちゃん以外に男前と言われた事はない。高1でも身長は150cm以下だし顔もカッコ良くない。 「今日から宜しくね。まだサッカーやってるの? 高校でもやるの?」 「高校は陸上部に誘われていて陸上部に」 「そっか、私はねどうしようかなって」  教師が入って来てそこで話はストップ。 「ねぇ山見さんと知り合いなの」  隣の席の宇部さんが声をかけてきた。小学校で一緒だったと答えた。 「山見さんと私は中学が一緒だったの。彼女ね、家の裏山にある事務所の所長の噂が」 「家の裏山だったら自営業で親とやっているとか」  そこで話が途切れてしまった。何か噂って言っても本当にそれで終わる事もあるし事実に近い事もあるんだよな。  まだ入学して3日も経っていない。けれど鈴ちゃんが積極的に話してくれてクラスに馴染めそうな気がした。  裏山にある事務所って何の事務所だろうか。まだ部活の説明会もないし、放課後に1人で校内を見学していたら、図書室に鈴ちゃんを見つけた。とても真剣な表情で本を読んでいる。 「鈴ちゃん」  小声で呼ぶと笑顔で手招きしてきた。どうしよう。宇部さんが言っていた噂を思い出す。変な事務所じゃないよな。  指差された向かいの椅子に座った。宇部さんから何か私の事を聞いたかと言われたので、裏山にある事務所の事を話した。 「うん噂じゃないよ。父は会社員兼探偵なの。母は私のサポート。私は学生専門の依頼を受ける事務所の所長。父の仕事で学生の依頼があれば私が担当するんだ。裏山の事務所でね」 「すごいな、高校生で所長なんて」 「名前だけのようなもの。父のように仕事バリバリ出来る訳じゃないし」  鈴ちゃんから一緒に帰ろうと言われた。途中からバスなのでそこまで。 「ねぇ訓ちゃん、今度さ事務所来てよ」  興味津々の僕は笑顔で頷いた。部活のない日にアルバイトさせてもらえたらなんて都合よく考えていた。  鈴ちゃんの家の裏山に小さなログハウス。お母さんは俺の事を覚えてくれていて、男前になったとまた言われて自信をもってしまいそうになる。 「終わったら家に来てね」  お母さんに言われて御礼を言った。  ログハウス内の部屋にはパソコンが3台。壁には地図が貼ってある。 「訓ちゃんに解いてほしい謎があるのよ。一緒に解いてほしい。訓ちゃん得意だったじゃん」  平静を装い頷いた。でも内心ワクワク。謎解きクイズが得意だった事を覚えていてくれたことが嬉しい。 「でも、今はどうかな」  正直、小学校の時は本が役に立ったから。今は本もないし謎解きのチャンスもない。 「今からよ。私、探偵と悩み相談だって宣伝しているのに、本人は調査してほしい事のヒントだってメールで動画を送ってきたけれどさっぱり」  そう言って3台のパソコンのうちの1台の前に座って、横のパソコンの椅子を引っ張ってきてくれた。  しばらくマウスをクリックすると、画像に子ども部屋が映し出される。Tシャツの男の子の顔にはアニメキャラの御面。紺のTシャツを着ていた。目の前にはトランプタワーが半分近くで崩れていた。 「これ完成した時の動画がこれ」  普通のトランプタワー。トランプの山だ。 「一応、調査依頼になってる。けど情報少なくて意味不明で。知人を探してほしいのなら普通に文字情報を増やせば良いじゃない」  確かに回りくどい気がする。 「でも彼は、トランプタワーで何かを伝えたいんだ」  御面で顔を隠すのは微かな表情の変化を見られたくない。もしくは自らが関わっているから顔を出せないのでは、と伝えた。 「だよね。何かのアピールっぽいかな。単純に顔を見られたくない理由があるのよね」  まぁインパクト与えたいだけかもしれないけれど。 「鈴ちゃん、この動画撮影していっても良い?」 「訓ちゃんごめん。一応、依頼された動画だから。此処で見るなら良いけどね。ごめん」 「だね。ちょっと見させてもらっても良い」  隣のパソコンで鈴ちゃんは仕事。俺は此の男の子の調査依頼内容を確認する。といっても動画と知人を探しているの文字のみ。トランプタワーが意味するものは何だろう。崩れているのは此の男の子の故意なのか偶々か。  背伸びして目を閉じる。鈴ちゃんは仕事モードで、俺はそんな鈴ちゃんをチラッと見る。  そろそろ休憩しようかな、と思ってあれっと思わず声を漏らしてしまった。 「どうしたの訓ちゃん」 「どうして俺、この瞬間まで気づかなかったのか」 「何か発見したんだね。訓ちゃんの目がキラキラしているよ」  俺はもう1度、トランプタワーを見つめる。 「完成しているトランプタワーの1段目と4段目、この2段だけトランプが逆さ」  座ったまま俺に身体をくっつけてくる鈴ちゃんにさらに説明していく。 「4段目には9と6のダイヤを手前で。奥には3か8のダイヤ。で1段目はJとKを使っていると思う」  鈴ちゃんが一時停止で俺を見る。美しいと言うよりも可愛い鈴ちゃんに見つめられてドキンッとなって少々、息苦しさを感じてしまった。 「9と6って、逆さにすれば9は6で6は9。でも・・・・・・どっちかに揃えてるって事?」 「うん、でも多分それはどっちでも良くて、逆さが9か6なのはどっちでも良くて。ただ逆さに使っていると言う事がヒントなんだと考えた」  鈴ちゃんは俺の話が長引きそうだと思ったのか頭を整理する為か、いったん立ち上がって背伸びと深呼吸。 「8と3は」 「8を半分にすれば3に見えない事もないけれど、これは特に重要視していないと思う」 「1段目のJとKは」  俺は机に突っ伏す。 「鈴ちゃん、おやつほしい」  笑いながら、急に頭フル回転させて甘い物ほしいよねぇ、と呟きながら休憩しようとパソコンをスリープモードにした。 「こっちの部屋で休憩ね」  此の部屋は資料など全くなく木のテーブルが2つ並んでいた。ミニ冷蔵庫からペットボトルの飲料を出して棚からスナック菓子を出してきてくれた。 「訓ちゃんマジ感謝。トランプタワーの数字とかまで意識しなかったわ。とりあえずね乾杯。再会にも乾杯」  俺らは炭酸飲料で乾杯。嬉しさで泡が大きくなっていくような気がする。 「ごめん訓ちゃん、休憩しながら仕事の話ってダメ?早く知りたくて」 「良いよ。あくまでも俺の推測だから。トランプの1番目と4番目が逆さ。タワーは考えなくて、トランプの文字を1番目と4番目を入れ替えて」  鈴ちゃんが少し目を大きく見開く。 「プラント?」  頷く。あの子が言いたいのは何だろう。しばらくの間、沈黙しつつ炭酸で口の中をシュワシュワッとさせる。ゲップこらえられた。 「調査って誰を探してほしいとかだっけ」  鈴ちゃんは立ち上がって隣の部屋へ。 「ごめん、そうなの。知人探してって」 「あっそうだ! 1段目のJとKはJK」 「さっすが訓ちゃん。高校生よJK」 「どういう高校生だろう」  資料を見ながら近所の高校生かなと思う。 「警察に捜索願を家族が出していたら、調査して結果出しても警察頼み。お父さんが知り合いに警察の人多いからそれが救いよ」  プラントから想像するのは? 食べたり飲んだりしながら考える。プラントって植物がらみか工場がらみしか思いうかばない。 「プラントって植物だと思う。あと工場。私が思いつくのはそれくらい」  俺は何回か頷き、バスの時間もあるので今日のところは帰る事にした。本当に残念。 「バスだもんね。ちょっと家に寄って行って」  ちょっと寄って御挨拶。頂き物の銘菓を食べながら帰った。 「マジ感謝です。謎解いてもらってサンキュー。また明日、学校で会おうね。じゃあね」  バスの中でメール。嬉しい。鈴ちゃんのお役に立てた事。  翌日、鈴ちゃんが先に教室にいた。数人と話していた鈴ちゃんが秒で俺を廊下へと連れ出した。 「おはよ」  鈴ちゃんが俺の目をまっすぐに見つめてくる。朝からハッピーなんだけれど。 「おはよう。あのトランプタワーが崩れていたのについて考えていて。何か潰れたけど壊されていない工場か植物園とか」  鈴ちゃんが笑顔で何回も頷いてくれると、良い線いっているんじゃないかと確信してしまう俺。 「うん、やっぱすごいよ訓ちゃん。お昼にでもお父さんに連絡する。昨日、話したから警察に連絡してくれるかもしれないし」  俺は放課後に友人陸上部の見学に行く。どうか調査の進展がありますようにと願いながら。  放課後になって陸上部が練習しているグラウンドへ。見学者は5人。俺と友人の他に3人しかいなかった。そのうち中等部の男女の男に見覚えがあった。顔じゃない、顔じゃなくて特徴ある紺のTシャツ。 「あの子知ってる?」 「あぁ何か妹が嫌だって言ってた。ほら屋台で売ってる御面被って教室でふざけてたり。追いかけるんだって。兄貴がアレ」  指差した先にハードルを練習している先輩。 「池添は小学校違うから知らないと思うけど同小の子らは知ってる。親が植物園やってて」  植物園? 早く、早く伝えたい。鈴ちゃんに此の出会いを。でも体験していたら遅くなって。そのままバスに乗って。俺は鈴ちゃんの家へ。俺の焦り具合を見て、鈴ちゃんは飲み物を渡して座らせた。 「もうこんな時間、どうしたの」  深呼吸してむせて。ようやく鈴ちゃんに、あの調査依頼をしてきた中学生くらいの男の子と陸上部の見学で一緒になった事。青いTシャツで友人の妹が話していた事も教えた。 「まさか同じ市内で中等部の子って事?でも待って。同じ青いTシャツなんて他にも着ている子いるんじゃないかなぁ」  そうだけど違う。あのTシャツにはトランプタワーのイラストが肩にあった事を教えた。  2人でもう一度依頼時の動画を見て確認。 「親が植物園を経営しているって」  鈴ちゃんがお父さんに電話。俺は息苦しさを感じて外へ出た。  ニュースで植物園の施設内の倉庫の1つで、親族の女子高校生が発見されたとやっていた。経営赤字の植物園と女子高校生。あの子のトランプタワーが意味していたものズバリだった。容疑者は俺らの先輩である兄らしい。  今日は鈴ちゃんに御礼したいと言われてカフェに行く。1つの山の解決に貢献出来た喜びを感じながら行って来ます。               (了)
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