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◆
ザッパーと出逢ったのは数年前だ。
当時俺は安い金で人を殺していた。
いや、クソを処理していた。
身寄りのない女をさらって孕ませるだけ孕ませて、生まれた子供を臓器密売人に売っ払ってるクソや、下層居住区に住んでる宿無しのガキどもに爆弾を埋め込んで敵対組織に送り込んだりしているクソ──そういう糞々を処理していた。
いわゆる殺し屋ってやつだ。
依頼人は被害者の友達だとか恋人だとか、もしくは単純にそういうクソを鬱陶しく思ってる奴だとか。
下層居住区に法律なんてものは実質ないも同然だが、ある程度の秩序は必要だ。
報酬なんかせいぜい数日分の飯代ってとこだが、不満はなかった。
クソは死ぬほどいるし、クソを処理すれば何かスカッとした気分になったからだ。
俺の事を捨てた親に「ざまあみろ」と言っている気分になれた。
瞳の形が少し変だからって子供を捨てる親がいるか?
俺はいないと言いたいところだが、俺のおふくろは俺に遺伝病があるからって言って俺を捨てた。
その辺のこともあって俺は多分人より承認欲求が強いんだろう。
親ですら、俺を必要としない程に俺には価値がない。
でも、そんな俺を必要とする奴がいる。
つまり親の見る目がクソだったってことだ。
これがざまあみろじゃなくてなんだ?
・
・
ある日俺は年頃の娘をさらわれて気が狂いかけてるおっさんの依頼を受けて、女の子供ばっかりを狙ってさらっているクソをぶち殺す仕事を受けた。
子供の誘拐はこの下層居住区でも忌み嫌われる。
下層居住区に住んでるやつは悪党ばっかりだが、悪党の中にも未来ってものを憂いているやつがそれなりにいるんだ。
子供には可能性があるからな。
何の可能性かって言えば少しでも良い未来になる可能性だ。
もちろん悪い未来の種になる可能性もあるがそれはそれ、これはこれだ。
そんなわけで俺はそのクソのねぐらを見つけ出して、さあ後は殺すだけって時にザッパーに出逢った。
よく切れるナイフみたいな女だ──ってのが俺がザッパーに抱いた第一印象だ。
ザッパーは俺とは違ってまた別口の仕事を受けていた。
まあ本人は仕事のうちに入らないとは言っていたが。
・
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──知り合いの子供が攫われました。だから私は足取りを調べ、そしてここへたどり着きました。あなたは人攫いの仲間ですか?
──違う。俺も知り合いの子供が攫われてよ。ここに住むクソが攫ったんだ。だから俺はその子供を助ける。そしてクソをぶち殺す。俺たちは目的がだいたい一緒みたいだから共同戦線といかないか?
──不要です。あなたは帰ってください。私がその子供を助けます
──お断りだね。あんたは美人だが、俺より仕事ができるとは限らない
──美人? あなたたちは私のことを動く武器くらいに思っている筈ですが。そして、仕事に関してならばあなたより信頼性が高いでしょう
──あんたは自己評価が高いんだか低いんだかわからねえな。あんたは武器じゃなくて美人さんだ。でももう一度言うが俺より仕事ができるとは限らない。あんたが口だけのカスならクソは逃げて子供は死ぬだろう。俺は何十件もクソ処理をしてきた。俺が上、あんたが下な気がするな
──……私は『ザッパー』と呼ばれています
──……聞いたことはあるけどよ、あんたが本物の『ザッパー』だとして、それじゃああのクソは『ザッパー』なんて名うての殺し屋が出てくるほどの悪党ってことか?
──……もういいです。共同戦線でかまいません。実の所、これは仕事ではなくプライベートですから。これ以上あなたとここで問答している暇はありません。邪魔だけはしないでください
・
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そんな感じで俺はザッパーと組んで仕事をすることになった。
子供は間一髪だったが助けることができて、クソをぶち殺すこともできたから結果オーライだろう。
クソは一丁前にボディーガードなんてのを雇っていやがったが、邪魔な連中はほとんどザッパーが殺した。
『ザッパー』は銀河をまたにかける殺し屋の名前だが、本当のことだったらしい。
それがきっかけで俺とザッパーは組んで仕事をすることになった。
そしていつしか俺がザッパーに惚れ、10回目だかの告白でやっと付き合えることになった。
・
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──『私はもともとこの形状を取っていませんでした。ジェリーのような不定形の生物だったのです。私が生まれた星では鉱石の採掘が盛んで、当時私の星を訪れた宇宙船にたまたま生まれたばかりの私が紛れ込んでしまって、それでこの星へやってきました。もちろんそのままでは私は処分されていたと思いますが、物好きな人間がまだ幼い私を見つけて飼育をすることにしたのです。その人間はこの下層居住区のとある組織のリーダーをしていて、それなりに物をよく知っている人間でもありました。私の生物としての特性をよく知っていたようで、私はその組織の殺し屋として飼育されました。そしてその組織も他の組織との抗争で潰され、私は逃げ出し、とある人間の少女に拾われ──』
多少でもまともなら自分の薄暗い過去を堂々と話せるやつはそうはいない。
じゃあザッパーがまともじゃないかと言うと、ザッパーはこれでもかというほどまともだ。
なんでそんなことを全部教えてくれるんだと俺が聞くと──
『私たちは付き合っているのですよね。それは恋人同士と言うことですよね。私は人間同士のそういった関係について調べました。私たちのような関係にある者同士は何もかも打ち明けるそうです。だから私を話しました。次はあなたの番です』
ザッパーが調べたデータっていうのはなんだかちょっと偏っている気がしたが、そういうストレートなやつは嫌いじゃない。
でも2つ気になることがあった。
──『ザッパーっていうのが君の本当の名前なのか? それとあれだけ俺の告白を断っていたのに、なんで急に受け入れてくれたんだ』
──『ザッパーが私の名前です。私を拾った組織のリーダーがそう名付けました。あなたもそう呼んでください。私もあなたをケージと呼びます。不都合があれば言ってください。あなたの告白を受け入れた理由は私にもよくわかりません。あなたのことは嫌いではありませんが、生物としての作りが違いすぎます。一般的にそういった関係はうまくいかないと思っていたので断っていましたが、そういえばあなたが私を武器扱いしなかったことを思い出し、受け入れることにしました』
正直なところ、俺はザッパーとうまくやっていけると思っていた。
この時は。
◆
「ザッパー、俺たちは付き合ってる筈なのに全然先に進まないよな」
俺は最近そんな事ばかり言っている。
自分でもクソみたいなことを言っているのは分かっている。
我ながら卑怯な男だ。
でも別にやりたいだけってわけじゃないんだぜ。
肌と肌を触れ合わせなくたって分かる事はある。
でも触れ合わせないと分からない事だってあるんだ。
ザッパーは金属生命体だ。
ナントカとかいう星系の、なんとかとかいう星の生まれで──とびっきりイイ女だ。
確かにザッパーの肌は硬いし、ところどころ鋭く磨かれている。
不用意に触ればスパッと切れちまうだろう。
でも、それがなんだっていうんだ?
怪我は治る。
治るんだったら問題はないだろう。
ザッパーは優しいし美人だし、頭だって良い。
俺には勿体ない程の女だ。
「またその話ですかケージ。確かに私の体はアースタイプの雌性体を参考に形状を記憶しています。ケージの言う行為ができないとはいいません。しかし言った筈です、私の体は外部からの刺激に対して攻撃的に反応する。私を抱けば、ケージ。あなたは傷ついてしまうかもしれない」
「そうかもな。でも俺は頑丈だし、怪我はなおる。俺は傷ついても文句は言わないよ、誓ってもいい。それに、ヤれないならヤれないでいい。ただ抱きしめるだけでも駄目なのか?」
「私も抱かれたいと思っています」
「じゃあどうして」
「私たちの体は、違いすぎる」
確かにそうだ。
でもそれがなんだっていうんだ?
俺が我慢すればいいだけって話じゃないのか?
◆
最近ザッパーの様子がおかしい。
妙によそよそしい。
話しかければ普通に答えてはくれる。
でも触れたりしようとすると避けるんだ。
触れるといっても肩とか腕とかだぜ。
勿論赤の他人ならただ触れるだけでも良くはないだろうよ。
でも俺たちは恋人同士だ。
知らずの内に、俺がなにかしでかしちまったんだろうか。
だがよ、俺は馬鹿だから考えてすぐに答えがでないものは、どれだけ長く考えても分からないままなんだ。
だから聞いてみた。
・
・
「なあザッパー。はっきり聞くけどよ、俺が嫌いになったんだったら言ってくれ。出ていくからさ」
するとザッパーはこんな事を言った。
「ケージ。私はあなたが好きです。でも最近、好きになっては駄目だったのかもしれないと考えています」
「なぜ?」
俺はザッパーが何を言っているのか、何が言いたいのかさっぱりわからなかった。
ただ、なにかにつけてはっきりと物を言うザッパーがこんな曖昧な言い方をするっていうことは、きっとザッパー自身にも良く分かっていないんじゃないかとは思うんだ。
・
・
◆◆◆
ケージは最近、ザッパーの態度に戸惑っていた。
ザッパーは文字通りの鉄面皮だ。
表情を浮かべる能力がザッパーにはない。
しかし表情など分からなくても、ザッパーが何かを思い悩んでいる事がケージには分かった。
──きっと俺も同じ目をしてるんだろうな
目と目で通じ合っている──互いに想い合っているはずなのに、なぜか心の距離が縮まらない。
そんなある夜、ケージは我慢の限界に達した。
ザッパーの部屋のドアを強くノックし、返事を待たずに中へ入った。
ザッパーは窓の外を見つめていたが、ケージの気配に気づくとゆっくりと振り向いた。
「ザッパー、俺たちはなんなんだ? 恋人同士だろう。違うのか?」
苛立ちの滲んだ声。
ザッパーは無表情のまま見つめ返した。
「何のことですか、ケージ」
その冷たい返答に、ケージの苛立ちはさらに募った。
「お前、最近俺を避けてるだろう! 何かあったのか? 俺が何かしたのか?」
ザッパーは視線を外し、再び窓の外に目をやった。
「何もありません。ただ、考えることがあって」
「考えることって何だよ! はっきり言ってくれ!」
ケージの声が大きくなる。ザッパーは静かに息を吐き、ケージに向き直った。
「ケージ、私はあなたを愛しています」
その言葉に、一瞬ケージの心は揺れた。
しかし、次に続く言葉がケージの癪に障る。
「でも、私たちは結ばれることはできません」
「どうしてだ。理由を教えてくれ」
ケージの瞼がひくついている──感情が爆発する寸前だった。
「私たちが同じ気持ちだということがいけないのかもしれません」
「何を言ってる!? いいじゃねえか! 俺はお前が好きで、お前も俺が好きだ! だったらいいじゃねえかよ! え? 違うのか! 体が違いすぎるからか?」
ケージが叫ぶ。
「ケージ、あなたの気持ちは嬉しい。でも、私は決めました」
ザッパーは一歩ケージに近づき、その銀色の瞳をまっすぐに見つめた。
「これから私が何をしても、受け入れてくれますか? とても、痛むかもしれない」
その問いに、ケージは躊躇わず頷いた。
「ああ、受け入れるさ。お前が望むなら」
それを聞くとザッパーはゆっくりとケージに近づき、頬に手を伸ばした。
その手は冷たく硬いはずなのに、ケージには暖かく感じられる。
ああ、これなのだと。
ケージはそう思い、ありったけの感情をこめて、ザッパーの手を握る。
するとザッパーはそっとケージの唇に自分の唇を重ねた。
冷たい金属の感触でケージの心臓は激しく鼓動し、頭の中が真っ白になる。
ケージもザッパーも、双方とも自分の意思を制御が出来なくなった。
求め合う二人が抱き合い口づけ合えば、それ以上を求めようとしてしまうのは必然である。
ザッパーの唾液──液体金属がケージの口内に広がり、ケージの唾液と絡み合う。
瞬間、鋭利な感触がケージの口内に生まれ、強い痛みが走った。
見ればザッパーを抱く手や、密着させた体にもところどころ傷が出来ている。
なるほど、と
ケージは思った。
ザッパーはこれを気にしていたのかと。
しかし同時に、だからなんだ? とも思った。
「ザッパー。君が好きだ、愛してる」
ケージはザッパーの名を呟き、ザッパーをさらに強く抱きしめた。
ザッパーもまた、ケージの背中に腕を回し、深くキスを交わす。
だがその瞬間、ケージは異変に気付いた。
ザッパーの肉体が自身を傷つける──それはいい。
しかしケージ自身の肉体もまたザッパーを傷つけていれば、「それはいい」と言えるだろうか?
ケージの汗がザッパーの体を浸食し、金属の表面がざらついていく。
唾液がザッパーの口内から体内に入り、腐食させていく。
金属が溶ける煙がザッパーの体から立ち昇るに至って──
「離れろ、ザッパー!!」
ケージは強くザッパーをはねのけ、恐怖で両眼を見開いた。
──お、俺が傷つくのはいい……でも、ザッパーを傷つけるのは、それは、それだけは
ケージは怖くて怖くて仕方がなかった。
三つ首の、素手で高層ビルディングを解体できる化け物ミュータントゴリラに襲われた時もここまで怖くはなかった。
「お、俺は、ザッパー……お前を」
ザッパーの姿は痛々しい。
酸を浴びた様なその姿に、ケージは涙すら流して悔いた。
そんなケージの姿を、ザッパーは無表情で見つめている。
◆
ケージ、とザッパーが声を掛けてきた。
「私は頑丈だし、怪我は治ります。傷ついても文句は言いません、誓ってもいいです」
どこかで聞いたフレーズ。
俺はすぐに思い出した。
俺がザッパーに言ったことだ。
その時初めてザッパーが言いたい事がわかった。
「教えてくれても、良かったじゃねえか」
俺は力なく言う。
するとザッパーは頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
「少し前に調べて分かったことです。でも私はケージにそれを言いませんでした。なぜなら離れたくなかったから。ケージとずっと一緒に居たかったから。あなたが知れば、私の為にという理由で私の前から去っていくかもしれないと思うと、怖くて話せませんでした。私のわがままです。私たちがただ言葉のみで繋がっていられるならば、こんなことにはならなかった。でも、私たちは互いの感触を知ってしまいました。ごめんなさい、ケージ。私は自分の体があなたを殺す事になると知っている今でも、あなたの唇に私の唇を触れさせたい」
「……俺もだ、ザッパー。俺の体が君を殺すことになるって知っていても、君を抱きたい」
「そうですか。私を愛していますか、ケージ」
「愛しているよ、ザッパー。君は?」
「私もです。だから、さようなら」
ザッパーはそう言った──無表情のまま。
いや。
「ザッパー、目が」
「目?」
ザッパーは目からとてもきれいな銀色の雫をこぼしていた。
「なあザッパー。君はやっぱり武器なんかじゃなくて、ただの美人さんだよ。じゃあな」
・
・
そう言って、俺たちは別れた。
いい恋だった、と今でも胸を張って言える。
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