宿敵

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宿敵

 津田隆博が明智小五郎への復讐を誓ったのは、10年前のあの日からだった。津田は詐欺師として完璧な犯罪を重ね、多くの富と権力を手に入れた。彼の手口は巧妙で、まるで魔法のように誰もが騙されていた。だが、彼の人生を狂わせたのは、明智という一人の名探偵だった。  津田が手掛けた最後の大きな詐欺事件、それは大手企業の社長を騙し、数億円を手中に収める計画だった。彼は完璧に事を運び、警察の目も逃れられる自信があった。だが、計画の中盤で突如として明智小五郎が現れた。彼は津田の行動をすべて見抜き、警察に情報を流し、津田の逮捕へと導いたのだ。 **10年前の回想**  薄暗い倉庫の中、津田は大金の詰まった鞄を手にしていた。その時、背後から軽やかな足音が近づく。 「これで全て終わりだな、津田君」  突然の声に、津田は驚き、振り返った。そこには落ち着いた表情で立っている明智小五郎がいた。 「誰だ……?」 「私の名前は明智小五郎。君のような詐欺師を追うのが私の仕事だ」  津田は冷笑を浮かべた。「お前が俺を止められると思ってるのか?俺は既に全てを手に入れたんだ。これで俺の勝ちだ」  だが、明智は微笑んだまま首を振った。「君は確かに頭脳明晰だが、感情に囚われすぎている。その慢心が君の最大の弱点だ」  その瞬間、津田は背後に警察のサイレンが響くのを聞いた。彼の計画は、全て見透かされていたのだ。津田は必死に逃げ出そうとしたが、既に道は塞がれていた。明智が静かに歩み寄り、彼の肩に手を置いた。 「君が抱いている全てのもの、それは今この瞬間で崩れ去る」  津田はその場で逮捕され、彼の華やかな詐欺師としての人生は終焉を迎えた。それから10年、刑務所の中で彼は復讐の念を燃やし続けた。明智によって失ったものを取り戻すために、彼は長い年月をかけて計画を練り、出所後の行動を綿密に準備していた。 **出所後の復讐計画**  刑務所を出た津田は、最初に古い仲間を訪ねた。かつての詐欺グループのメンバーはすでに散り散りになっていたが、その中の一人、情報通の男から彼は明智の現在の居場所を探り当てた。 「明智か……奴は今、表舞台から少し距離を置いてるらしい。だが、あいつが手を引くわけがない。どこかでまた動き始めるだろうよ」  津田は冷たい笑みを浮かべた。「動き始める前に、俺が先に仕掛けてやるさ」  津田は明智の周囲の人間に次々と接触し、彼の信用を少しずつ崩壊させていった。偽の情報を流し、かつての事件に関わった人物を利用して混乱を巻き起こす。明智はその一連の事件の裏に、見覚えのある手口を感じ取り始めた。 「津田が戻ってきた……か」  明智は、過去の因縁が再び自分に迫っていることを悟った。 **決戦の舞台へ**  そしてついに、津田は明智に直接会う時が来た。彼が指定した場所は、かつて自分が明智に捕まった倉庫から遠くない場所にある、廃ビルの屋上だった。そこは、かつての事件の残骸を象徴する場所だった。 「明智小五郎。お前との決着をつける時が来た」  津田は、彼の復讐心と冷酷な計画が結実する瞬間を待ちながら、屋上で煙草を吸っていた。彼がこの場所を選んだのは、かつての屈辱を晴らすためだけでなく、明智に自分の決意を見せつけるためだった。  そして、夜風に吹かれながら明智が現れる。津田の計画は完璧だった――そう思い込んでいた。だが、明智はすでに津田の動きを先回りしており、津田が望むような結末にはさせまいと決意していた。  こうして二人は、10年越しの対決に挑むことになったのだ。    古びたビルの屋上、夜風が冷たく二人の間を吹き抜ける。津田隆博は煙草をふかしながら、対峙する明智小五郎を冷ややかに見つめていた。明智の足元には、津田の仕組んだ罠で被害にあった人々の写真が散乱している。 「お前が、こうまでして俺に会いたがる理由が知りたいな」と、明智は静かに問いかけた。彼の声には疲れがにじんでいたが、鋭い眼光は揺るがない。  津田は煙を吐き出しながら、笑みを浮かべた。「理由? お前はまだ分からないのか? 俺の人生を滅茶苦茶にした張本人が誰なのかってことを」 「それは君自身の選択だ。君は自分の手で犯罪に手を染めたんだ。私はその結果、君を止めたに過ぎない」 「止めた?」津田は甲高い声で笑い出した。「お前が俺を止めた? 違うな、明智。お前は俺の全てを壊したんだよ。家族も、名誉も、未来も――すべてをな」  明智は静かに津田の言葉を受け止めた。かつての詐欺事件で津田を追い詰めたことは、記憶の奥底に鮮明に残っている。それは職業上、避けられないことだったが、津田にとっては許しがたい過去なのだろう。 「君が復讐を望むのは理解できる。しかし、復讐によって得られるものは何もない。君自身が傷つくだけだ」 「黙れ!」津田の声が激高する。「お前に何がわかる!俺はな、何年もその思いを抱えたまま牢獄で過ごしたんだ。出所して、俺に残されたのは空虚だけだった。だが、それでも俺には一つだけやることが残っている」 「それが私への復讐だと言うのか?」 「そうだ。お前の正義がどれほど空虚で偽善的か、俺はこの手で証明してやる」  二人の間に静寂が訪れ、夜の街の喧騒が遠くから微かに聞こえてくる。津田の手がコートの内ポケットに滑り込むと、そこから小さな黒い銃が現れた。明智は眉一つ動かさず、それを見つめていた。 「これで、終わりだな」津田が静かに言った。  明智は一歩前に踏み出し、まっすぐに津田を見据えた。「君は本当に、それで満足するのか?君が求めていたのは、新たな未来のはずだ。だがその未来は、復讐で切り開くものではない」  津田の顔が一瞬揺らいだ。その言葉に応じて手がかすかに震える。しかし、彼はすぐに顔を引き締め、銃口を明智に向け直した。「お前の言葉にはもう何の意味もない。俺にはもう、これしか残されていないんだ」 「それは君が決めつけているだけだ」と、明智はさらに一歩近づいた。「復讐で君の心の空虚が埋まることはない。それを君自身が誰よりも理解しているはずだ」  津田の銃がかすかに揺れた。彼の目が一瞬、迷いを見せる。 「……黙れ」津田は低く呟く。「俺は――」  明智はその迷いを逃さなかった。「君が本当に変わりたいと思うなら、まだ遅くはない。手を差し伸べる者は必ずいる。君が一歩踏み出せば、未来は変わる」  その瞬間、津田は大きく息を吸い込んだ。銃を構える手が震え、やがてゆっくりとその腕が下ろされていく。 「……俺には、もうどうしたらいいかわからないんだ」  明智は静かにうなずき、津田に歩み寄る。「大丈夫だ。君がその一歩を踏み出せば、必ず道は見つかる」  津田はその言葉を信じるように、ただ黙って立ち尽くしていた。  数年の月日が過ぎた。
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