訃報

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訃報

『おじいちゃんが亡くなった』  スマホの留守電に残されていた母の声は、少し鼻声で(かす)かに震えていた。  亡くなったのは母方の祖父で名は平瀬(ひらせ)(つとむ)。 “山を(えが)かせたら右に出る者はいない”と(うた)われるほど有名な画家だった。  そんな祖父は自然豊かな山奥にある家に祖母と二人で暮らしていた。俺が小学生の頃、長年連れ添った祖母を病で亡くし、祖父が一人暮らしになることを案じた俺の両親が同居をしないかと提案していた。だが祖父はその話を聞き入れず、一人で暮らすと譲らなかった。  このとき両親は祖父との同居を諦める代わりに、定期的に連絡を取るという約束を交わしていたのだ。  連絡が取れず様子を見に行った母によると、祖父は家の作業部屋にあるイーゼルの前で倒れており、見つけた時には既に息をしていなかったという。急性心筋梗塞による突然死だったらしい。  葬儀の日程については決まり次第メールすると締めくくられ、残された音声はそこで再生を終えた。  正直、俺は祖父のことが苦手だった。  幼かった俺が“自分の絵を描いてほしい”と頼んだとき、返ってきた答えが“私は山以外描かない”というもの。眉間にしわを寄せて、それ以上聞きたくないとばかりに顔を背けてキャンバスに向き直り『山』を描く後ろ姿が酷く印象に残っていた。
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