なぜあなたばかり読まれるの?

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 そして時は流れ、ふたりは社会人になった。沙耶は東京の有名企業に見事就職し、いつまで経っても就職先が決まらなかった依月は地元の小さな会社でアルバイトをしていた。  初めのうちは度々連絡を取り合い、お互いの小説を読み合ったり近状報告をしたりしていたのだが、やがて沙耶からの返信が遅くなるようになった。   『うち、ブラック企業かもしれない……やってもやっても全然仕事終わらないし、休みないし、上司は無茶ばかり言うし、帰ってきたらヘトヘトで全然小説が書けない。ネタ帳にネタはたくさん書いてあるんだけど、形にする気力がない。早く寝たいのに眠れない』  彼女はそんなメッセージを残した後、音信不通になってしまった。何度メッセージを送っても電話を掛けても返事はなく、心配になった依月は片道3時間かけて沙耶の家を訪ねてみることにした。    特別冷え込んだ冬のことだった。沙耶の住むアパートの前まで来ると、依月は大きく深呼吸し、チャイムを鳴らした。返事はなかった。もう一度鳴らす。やはり、静まり返ったままだ。ダメ元でドアノブを回してみると、鍵が開いていた。 「沙耶、入るからね?」  恐る恐る中に入ると、沙耶はどこにも見当たらない。 「沙耶、いないの……?」  依月はそう言って部屋の隅から隅まで探した。あと探していないのは浴室だけだった。直接確かめなくとも酷く嫌な予感がした。覚悟を決めて浴室の扉を開ける。 「うそ」    沙耶は水の中で死んでいた。死んでから長い時間が経っているようだった。助けを呼ぼうとしたのか、浴槽の中で何か見ていたのか、スマートフォンも一緒に水の底に沈んでいた。  依月は頭の中が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くした。しかしやがて我に返り、警察を呼んだ。  待っている間、依月は真っ白になった頭を持て余したまま、部屋の中を徘徊した。すると、ふとあるものが目に止まった。  それは机の棚に置かれた一冊のノートだった。中を見てみると、小説のネタがびっしりと書かれていた。そして最後のページには、投稿サイトのIDとパスワードが書かれていた。  魔が差した……とでも言うのだろうか。依月はそのノートを自分のバッグの中に入れてしまった。自分でもどうしてそんなことをしてしまったのかわからなかった。  
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