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ある時、依月は大学のゼミで仲良くなった沙耶に自身の趣味が創作であることを打ち明けた。沙耶は控えめで品のある優しい人間だった。正反対のふたりではあったが、意外にも意気投合し、気付けばほぼ毎日顔を合わせるようになっていた。
「すごいね。小説が書けるなんて憧れる!依月ちゃん頭いいもんね」
「いやいや、全然そんなことないって。沙耶にもできるよ。っていうか書きたい気持ちがあれば誰にでもできるよ」
カフェテリアの窓際でコーヒーを飲みながらふたりはそんなやり取りをした。これがすべての始まりだった。
数日後、依月の小説を読んだ沙耶は目を輝かせてこう言った。
「依月ちゃんの小説読んだよ! 難しい言葉も使いこなしてて、文学〜って感じ。なんかプロみたい!」
「そんなに褒めても笑顔しか出ないよ〜」
「それでね……考えたんだけど、やっぱり私も小説書いてみようと思うんだ」
沙耶は目を逸らしながら少し恥ずかしそうに言った。依月は嬉しかった。ネット上には何人か創作仲間がいるが、リアルには一人もいなかったのだ。
「いいじゃん。応援するよ! 一緒に頑張ろう」
「ありがとう。依月ちゃんみたいなかっこいい文章が書けるように頑張るね」
「わからないことがあったら何でも聞いてね」
こうして沙耶も創作を始めたのだが、予想以上に教えることが多かった。まず沙耶はインターネットそのものに関心が薄く、SNSのアカウントを持っていないばかりか、投稿サイトの使い方も何一つ知らなかったのだ。依月はアカウントの作り方や小説投稿の仕方、SNSの使い方などをひとつひとつ丁寧に教えていった。
「これで準備は整った。あとは何でも沙耶の好きなように書いてごらんよ。ここのサイトで人気なジャンルはファンタジーと恋愛ものだから、そのへんから始めてみると良いかも」
依月は最後にそうアドバイスし、沙耶はひとり執筆活動を開始した。
「完結したら見せるからね! でも誰にも言わないでね。私が小説書いてるのは私と依月ちゃんだけの秘密ね」
それから数週間後、沙耶はたちまち十万文字越えの長編小説を完成させた。ジャンルはファンタジーで、記憶喪失になった勇者の青年が、魔女の呪いを受けた少女を連れて治療の旅に出る物語だ。青年は旅の中で徐々に記憶を取り戻していき、最後は少女を襲った魔女と深い関わりがあることを知ることになる。
「凄いよ沙耶! こんなに早く書き上がるなんて」
「そ、そうかな。なんか恥ずかしいんだよね。こんなにいっぱい読まれるとは思わなくて……」
「どれくらい?」
依月が尋ねると、沙耶は苦笑しながらスマホの画面を見せてきた。
「……え」
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