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思わず言葉を失った。沙耶の小説は総合ランキングの上位に載っていたのだ。感想ページにはいくつもの感想が付き、ブックマークも軽く五千件を越えていた。
「沙耶、本当に小説を書くのはこれが初めて……?」
「初めてだよ」
「SNSでいっぱい宣伝した……?」
「あー、SNS……あれやめちゃったんだよね。なんか煩わしくて。あんまり興味も持てなかったし。あれを見てる時間があるなら執筆した方がいいかなと思ってさ。もしくは本を読むとか」
「うっ……」
依月は信じられなかった。SNSを一切使わずに、ここまでの知名度を得る初心者が目の前に存在することが。しかし沙耶の言っていることは最もだった。彼女は普段依月がSNSに費やしている時間をすべて自身の執筆のために使っていた。読まれないと愚痴をこぼしたりくだらない揉め事に首を突っ込んだりしている依月とは大違いだった。
依月はしばらく言葉を失ったまま、石像のように固まっていた。
「どうしたの?」
不安そうに沙耶が尋ねる。
「い、いや……たくさん読まれてて凄いな〜って思って。もう人気作家じゃん」
友人の成功を素直に喜ぶべきだと依月は自分に言い聞かせた。
「そうなの? でも依月ちゃんの方が凄いよ」
「……なんで?」
――ろくに読まれもしないくせに何年も書き続けてるから? 底辺で藻掻き続けられるメンタルが?
依月は喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。
――違う。沙耶はそんなこと思ってない!
「ごめん。今日ちょっと体調悪くてさ。ちょっと早退するわ……」
依月はそう言って、沙耶の言葉から逃げるようにその場から退散した。
――なんで? なんで沙耶ばっかり読まれるの?
その日の夜、依月は沙耶の小説を隅から隅まで読んだ。確かに内容は面白いと思った。王道の中にも斬新さがありキャラクターも魅力的だ。だが地の文がスカスカしていて物足りないと思った。言葉の使い方や読んだ時のリズム感が不自然な箇所も少なくない。スマホを握る手に自然と力がこもる。
「なんでよ……」
そう呟くしかなかった。
それからというもの、沙耶が書くものは次々にランキング入りし、サイト内のイベントやコンテストでも好成績を残した。一方依月はというと、相変わらず作品は不人気で読者は増えず、SNSにこぼす愚痴や自虐の数も増えていった。稀に感想を残してくれる馴染みの読者もいたのだが、彼女が愚痴や自虐ばかりこぼしたため嫌気が差したのか、次第に遠ざかっていった。
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