第十二話 蒼龍狩りの噂と追跡者

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第十二話 蒼龍狩りの噂と追跡者

 湿った大河の河沿いを歩く。昨日から晴れてはいるが、三日ほど大雨続いていたため土の匂いが以前大河に来た時よりも強い気がする。  私は自前のドラゴンの牙の槍を失ったため、昔ラキたちの父が使っていたという古い槍を貰い、一旦はそれを仮で使うことにした。  おそらく殲獣を材料にしてもいない、古い型の槍だ。正直この古槍で旅をするのは難しいと思う。  どこかでまた適当な……できれば幻獣種が望ましいが殲獣を狩って武器屋に持って行き槍にしてもらうことが出来ればそれが最良だろう。  黒翼もそのままで旅をするわけにはいかないから、ラナが新しい外套を作ってくれた。    狐型の殲獣の血に浸して作ったから丈夫であるはずだと言っていた。  魔術のことはよく分からないが、そういうものなのか。  ライトがくれた外套を失くしてしまったのは悔やまれるが、ラナから新しいものをもらえたのは素直に嬉しい。  前のは黒色だったが、今度の外套は黄土色だ。 「おい……ちょっと待てサキ。お前進むのが速すぎないか?」 「そうですよ〜……もう少しゆっくり行きましょう〜……」  後ろから聞こえてきた声に私は、くるりと振り向く。 「あんたたちが遅いのよ。言ったじゃない、旅にそんな大荷物は要らないって」 「仕方ないだろう。ラナの研究材料を置いてくるわけにはいかなかったんだから……お前も、もう少しは待てよな」 「持ってるわよ、ラキと同じくらいは。病み上がりの私に負けるなんて鍛錬が足りないんじゃない?」  私は、ほぼ荷物なんて持たずに旅に出たが。ラキは双剣とその他だけあればいいだろうが、魔術師であるラナには殲獣の体の一部や、数冊の本などが必要だった。 「これだから冒険者に魔術師は少ないのよね」  魔術師は旅に適さない。もちろん主要な職業の一つだが、拠点を構えてそこを中心に活動するのが一般的だろう。 「ラナ、荷物を運ぶために適当な殲獣でも手懐けられたらいいわね」 「……殲獣って手懐けられるんですか? 聞いたことありませんけど」 「うん。もう死んじゃったけど私は故郷の村ではライトが狼型を飼ってたわよ」  ラナもラキも狩りや市場へ外出はしていたようだが、大荷物を背負い旅をするのには慣れていない。 「まぁ付いてこれるならいいわ。……それより、 そろそろ船頭がいるわね!……1人しか見当たらないけど」  こんな冒険者も交易商も少ない大河下流域で船頭をしているのは細々と生きけたらいいからだろうか。どことなく鬱屈とした表情をしている。私はその船頭に声を掛ける。船頭は船を停めて大河の側に立っていた。 「さっそくだけど、そこの渡船をお願いできるかしら?」 「……ああ、一応身分も名乗ってもらっていいかな?」   「私は、シャトラント村のサキ」  船頭の男は答えず目を瞬かせる。  数秒黙ったままの男に、抗議の視線を向ける。 「なによ」 「……ハハハっ! 娘さん、ひと月ほど前に噂になった蒼龍狩りを名乗るか。確かに噂の少女と背格好は似ているし槍も持ってるな」  とんでもない言い掛かりである。 「似ているんじゃなくて、私が本人なのよ!」 「そうかそうか、もう少し策を練るべきだったな。とてもその装備はドラゴン狩りを成した者には見えんぞ」  ……その指摘はもっともである。この装備では私も正直ドラゴンは狩れないかもしれない。 「……その噂、どんな風に広まってるのよ」 「ああ何でも旅を始めたばかりの槍使いの少女がドラゴン狩りを成したと」 「ふぅん……その美少女と一緒にいたミラクという男の名前は聞いていない?」  船頭の男は言った。知らないな、聞いたことがないと。  まぁいいだろう。そんなに簡単に見つけられるとは思っていない。 「それより、今から船出せるわよね?」 「まぁ……ちゃんと金を出せるならいいさ。見たところ駆け出しの冒険者だろう?」 「はいはいそれはその通りよ。こっちはラキとラナ。私たち3人で乗るから」 「代金はどうするつもりだ?」  私はラキの方を見る。私は大河を流されて一文無しだからな。  ラキは荷物から袋を取り出し手渡す。 「……これで足りるか? 鷲型の爪、一袋」  駆け出しの冒険者が代金ではなく狩った殲獣の身体を支払うのは珍しいことではない。  主に冒険者を相手に商売をする船頭は受け付けてくれるはずだった。  船頭は何故か渋い顔をする。足りなかっただろうか。 「……実はな2人昨日、今日この船に乗るから誰も乗せるなと言っている冒険者がいてな。お前さんら5人合わせても定員は大丈夫なんだがどうする?」  なるほど。2人より3人分の代金が得だと考えたが、思ったより少なかったのかしら。 「私たちは相乗りでいいんだけれど。どうしてその2人は誰も乗せたがらないのよ?」 「それは——」  船頭が何か言いかけたが、それを遮るように凛と鳴るような声が響いた。 「それは、西部のど辺境連中と一晩船の上だなんて御免被るからですわ」 「おいソニアそう言うなよ……」  振り向くと、仄かに煌めくような金髪に碧い瞳が目に入る。金髪を高い位置で一括りにした綺麗な女の人。  それと、すぐそこを流れる大河を思わせるような青い髪の男。瞳はさらに濃い海のような青だった。  2人とも剣を背負っており格好は冒険者のようだった。しかしどこか小綺麗な感じがする。  言ってる内容からもおそらくは都の人間だ。 「そこの駆け出しさん方。私(わたくし)たち、人を探しておりますのよ」  金髪の女が私達を見て言う。  ……なんだか舐められている気がするわね。 「西部にそれらしき噂があったから来てみたのですが……ここひと月、その者の情報が入りませんので引き返すところですの」    そう言って肩の髪を払った。横の青い男は呆れたようにため息を吐くばかりで彼女の言動をもう諌めようとはしなかった。 「一応お聞きしますけれど、ご存知ありませんこと?」 「もしかして……蒼龍狩りの噂かしら?」 「あら知っていますの? 聞いてみるものですわね」  もちろん知っている。 「それはね、私よ!」  大河の激流の音が響いた。静まり返ったのだ。そして女は呆れるように息を吐く。 「……嘘をおっしゃい……嘘を。そのような装備で蒼龍が狩れるものですか。……蒼龍を狩ったのがどんな人物かご存知ありませんの?」   「うるさいな! 失くしたけど前はドラゴンの牙で作った槍だったのよ! まぁ……もう1人別の人と一緒に倒したんだけど……」  私がそう言うと2人の目つきが変わった。  微かに声を漏らして2人は顔を見合わせる。 「……黒い髪に赤い目の男ではありませんでして?」  女の方が口を開いた。……この人、ミラクを知っているのか。 「まぁ……本当に何かご存知のようですわね。(わたくし)たち運が良いですわね、テツ。何の情報もなしに帰還しては、こちらが粛清されてしまいますもの」  テツ、と呼ばれた青い男は黙って頷いた。 「その男の情報を話していただきますわ。大人しく渡して下さらないと……痛い目に合いますわよ?」  そう言うと、女は背負っていた剣を抜き、両手で構える。  熱い血が全身を流れるのを感じた。     私も槍を構える。  いいわね、ミラクも一刀流の剣士だったから、近いうちに一刀流とは刃を交えたいと思っていたのよ。 「言ったわね! でも、それはこちらの台詞よ。ミラクについて知っていることがあるのなら、洗いざらい吐いてもらうから……!」  久々の本気の戦闘に鼓動が高鳴る。 「まぁミラクって……あの男本名を名乗っているんですの? ……脱走者の自覚が無いのかしら? 追われる身で一体どういうおつもりなのか……」 「ソニア、何も船頭の目がある場で殺さなくていいだろ。後処理が面倒だ……」  剣を抜きながら青い男……テツが言う。    ソニアと呼ばれた女を制止するつもりのようである。 「久々の戦闘なのよ。心配してくれなくても殺されたりしないから、邪魔をしないでもらえる?」  ソニアに槍を構えたまま、私は青い男を()め付ける。 「おい……お前の相手は俺がしよう」  ラキは背中にラナを庇いしばらく様子を見ていたが、テツの参戦に双剣を抜く。 「ラキ……!」  ……しまった、そうよね。ここで戦ったらラキとラナも巻き込まれるわよね。  私の復讐に2人は巻き込まないと決めておいたのに……いきなり巻き込んでしまったわね。  ラキの様子を見てラナは私たちから距離を取り森の中に入って行ってしまった。  何かするつもりなのだろうか。  三つ巴になっていた私とソニアとテツの均衡をラキが崩す。    私は改めてソニアに槍を構える。 「私、剣一本で戦う相手とちょうど戦いたい気分なったのよね! 楽しませてもらうわよ!」   「(わたくし)はランク2(ツー)の精鋭ですわ。駆け出しの小娘には……手に余る相手でしてよっ!」  傍らでは、ラキとテツが対峙する。ラキの赤い瞳とテツの青い瞳の間に閃光が走る。 「なぁ餓鬼……やめておいた方がいいぜ? 俺は戦るなら殺す」 「やってみろ。俺はサキとラナと都に行くまで死ぬつもりはない」 「都だと? あんな亜人の巣窟に夢を見てるのか?」  ククッと可笑しくて堪らないというような笑みをテツは溢す。  大河の河辺。  森と大河に挟まれて私は一触即発のその空気に武者震いした。
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