第四話 希望の大河

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第四話 希望の大河

 蒼龍の身体、主に鱗や牙を売って得た金で、私達は近場の村の酒場で宴を開いていた。  もちろん村人達も招待して、だ。酒場は、大いに盛り上がっている。  楽しげな空気の中、1人、壁に寄りかかって酒を飲んでいたミラクは恐い顔で私を睨んだ。 「勝手なことをしてくれたな、サキ」  しかし、私は動じない。いつもミラクが私にしてくるように無視してやった。意趣返しだ。  目立ちたくないミラクと、目立ちたい私。どちらの立場が上かということに、私は気がついたのだ。これからは、もっと強気でいかなければ損だ。  蒼龍狩りでは、ミラクの実力は見定められなかったが、私より強いというのは考えすぎぁもしれないと思った。確かに、背中を飛び台にされたりはしたが、あれは不意打ちだ。  卑怯だから考えないものとする。  蒼龍狩りの後出会った、赤毛の少女の名前はニーナと名乗った。小さくて可愛いからてっきり年下だと思ったのに、同い年の15歳だった。  しかもニーナは2年前から冒険者をしていたらしい。唯一の家族であった父親を病で失ってから、生きる為に旅に出たのだという。  ニーナは毒使いだという。毒草や毒を持つ殲獣から毒を作り、罠を張る。そうして駆除や討伐の依頼をこなしながら細々生きてきたと言った。  この村付近で蒼龍が目撃されていたため、村の人達が危険だからと引き止められて3週間も足止めされていたのだという。  岩場には、村人達からの依頼で蒼龍の様子を確認しに来たそうだ。そして、一(いち)冒険者として、蒼龍狩りを成した私に惚れ込んでしまったというわけね。 「君のような若い冒険者が、あの蒼龍を倒したと聞いたときは本当に驚いたよ。しかも、こうして気前よく宴を開いてくれて、ニーナも言っていたが、まるで物語のようだ。冒険者や交易商が来るようになって私としては大変ありがたい」  酒場の店主はそう言って、私にもう何杯目かわからない酒を注ぐ。  最初村の人達は、私が蒼龍を狩ったのを少し疑っていたようだったがニーナの証言もあり、何より売らずに取ってある、蒼龍の鱗と牙を見せたら信じてくれた。  ニーナは3週間前からこの村で足止めされていたそうだが、村の人達にかなり可愛がられていた。  実際にニーナは容姿だけでなく、雰囲気や仕草がかなり可愛い。私の次くらいに美少女である。村の人達の気持ちもよく分かる。  村人達とわいわいお喋りをする可愛いニーナを眺めていると酒がすすむ。  私も先ほどまで質問攻めだったが、この村の名産の酒をなかなか飲めずに苛立ち「うるさいわね!」と一喝してから、しばらく寄り付かれていない。  軟弱な連中である。  店主がまた、酒を注いでくれた。飲むようになってからまだ日は浅いが、酒とは中々良いものである。良い気分になれるわ。 「ずいぶん調子に乗っているようだが、俺の見立てではサキだけでは蒼龍に負けていた」  酒を飲む手は止めていないけれども、ミラクはずっと機嫌が悪い。  ミラクは、私にだけ聞こえるようにボソッと言った。 「あん?聞き捨てならないわね、ミラク」  せっかく気持ちよく酒を飲んでいたのに。ミラクは私の気分を害さなければ死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。  そういえばニーナが仲間に加わったので、しばらくミラクと決闘をする訳にはいかなくなってしまった。怖がらせてしまってはいけないからね。  今は蒼龍狩りと、ニーナが仲間になった記念で宴を開いているのだ。せっかくミラクの反対を押し切って開いたのだから、余計なことばかり考えず、もっと楽しまなくてはな。 「嬢ちゃん。確かに体つきを見ると多少は鍛えているようだが、あの蒼龍を倒したというのは本当なのか?」  いつのまにかニーナと話していた、村の男が私にそんなことを言って近づいてきた。  まあ確かに、この美少女が、槍術の達人で、しかもほぼ単独の蒼龍狩りを成したというのは、村の猟師には信じがたいのかもしれない。 「本当よ。鱗や牙も見せてあげたし、ニーナからもたくさん聞いたでしょう? 冒険者に蒼龍の牙なんて自分で倒したんでもない限り手に入らないわよ!」 「いやあ、ニーナちゃんも3週間くらい前からうちの村に滞在していた冒険者だからなぁ……」 「なによ、素直じゃないな。そんなに疑うなら明日私の槍捌きを見せて上げてもいいわよ」  私がそう言うと、ミラクが酒を飲み続けていた手を急に止めて、勢いよく酒樽を置いた。何のつもりかとミラクに抗議の視線を向ける。 「ダメだ。明日は朝一で村を出る」  ミラクは言った。いつもより強い声である。  だが、私は引かない。私のほうが立場が上であることには、もう気がついているのだ。残念だったな。 「どうしてよ? 私はそんなの認めないわ。そんなに急がなくても昼くらいでいいじゃない」 「明後日から、この辺りはしばらく嵐になるという情報があってな。その前に大河を渡る」  ミラクが言った大河とは、大陸一の川のことである。西部の冒険者が都シュタットに行く為には必ず通る必要がある川だ。  店主が言うには渡船が出ており、渡りきるには半日ほどかかるという。大河には、多くの殲獣が潜んでおり、天気が荒いほど、大河の殲獣との戦闘は厳しいものになると言われている。  確かこの村から半日も歩けば着くとさっき店主が言っていた。大河を渡船で横断するのにも半日かかるらしい。つまり、この村から大河横断完了まで丸一日かかる。 「そんな情報、どこで仕入れたのよ。天気の予言なんて胡散臭いわ」  ミラクは答えなかった。私は、宴の翌朝すぐに村を発つなど非常識であると訴えを続けようとする。 「ま……まあまあ、お二人とも。どうか落ち着いてください」 「ニーナ」  村人達と話していたニーナが、いつのまにか移動して、私達の間に割って入ってきた。  この喧嘩じみた会話に、困ったような笑みを浮かている。この子にこんな顔をされては仕方がない。ミラクのクソヤロウが例外なだけで、私は本来身内には甘いのだ。 「はあ……わかったわ。今回はニーナと、大河で私を楽しませてくれるはずの殲獣達に免じてミラクの意見に乗ってあげる」  ミラクは特段、都への旅路を急いではいないと思っていたのだが。どうして嵐の前に大河を渡りきるべきと言い出したのだろう。それはまあ、嵐に巻き込まれないで済むのならばその方がいいのか。  少し疑問が湧いたが、次なる目的地のことを思うとすぐに掻き消えた。  大河の殲獣……!  鰐型や亀型の殲獣と戦えるかもしれない。運が良ければ、幻獣型の殲獣“水虎”とも。 「そうと決まれば、そろそろ宴は終わりよ! 村の男連中は、家で待っている家族の元にとっとと帰りなさい。ミラク、ニーナ。荷物をまとめて私達も宿に行くわよ」 「まだ始まったばかりじゃねえか、嬢ちゃん!せっかく蒼龍がいなくなって明日には村にまた交易商が来れるようになったんだ。めでたいことだぜ、もう少し飲もうじゃねぇか。ご自慢の槍捌きも見せてもらえないことになったまったんだろ? せめてもう一杯さ」 「終わりと言ったら終わりよ。私は大河の殲獣との戦闘を万全の状態で楽しむ為に早く寝たいの」 「連れねぇなぁ。本当に蒼龍を倒すほどの槍捌きならぜひ見てみたかったんだがなぁ。それができないなら、せめてもう一杯は飲めよ。それなら酒の強さだけなら認めてやるさ」  まるで私が酒以外は強くないかのような言い方だ。少なくとも数週間蒼龍に居座られながら傷一つつけられなかったこの村の連中よりはずっと強いわ。酒も戦闘もね。 「もう、しつこいわね。……そういえば私、酒と槍術のことで馬鹿にされたら、こう言うように親父に言われているんだったわ」  ええと、何だったか。  私を1人で旅に出すのを不安がって、ドラゴン狩りという試練を与えてきたライト。  旅では思い通りにいかないことも多いだろうからと、旅立ち前夜の宴では、長々と助言をしてきた。  ライトは酒に酔わない。鬼族とは酒に強いものだと言って、宴ではいつも浴びるように酒を飲んでいて、たまに酔ったふりをしていたのを思い出した。  ああ、確かこんなセリフだった。 「私は、英雄ライトの娘よ。私と私の槍術を侮ることは私を育てたライトへの侮辱にもなるわ」  男の顔は青ざめた。口をもごもごさせている。  なによ。  もしかしてライトは自分は帝国内であれば知らぬ者などいない大英雄だと言っていたが、出まかせじゃないだろうか。  ライトは少し考えてから物を言って欲しいものだ。私が恥をかいてしまう。 「建国の英雄ライトだと……? その言葉、嘘だとしたら殺されても文句は言えない程のことだぞ!?」  男は、宴に相応しくない神妙な面持ちで言った。まだ信じないのか。それにしても、この言葉を言えば誰もが黙って事態が収まるだろうと、ライトは言っていたのに、むしろ悪化した気がする。 「嘘なんて吐かないわ。もう、そろそろ認めなさいよね。ここに蒼龍を狩った槍術の達人の美少女がいて、その美少女はライトの娘なの! そして酒も戦闘も強いの! それだけよ、もう行くわ」  私は、絶句する男を捨て置いて槍を担いだ。翼を隠す外套は、ずっと羽織ったままだ。ミラクとニーナはすでに荷物をまとめている。 「待たせたわね。今日はもう宿で休みましょう」 「サキさん……今のお話、本当なのですか?」  ニーナが俄には信じられないというような顔をする。 「当たり前じゃない。私は嘘なんてつかないわ。……ところで、ライトってそこまで偉い人だったの? 」  私がミラクとニーナに向かってこっそりと尋ねると、ミラクはニヤリと笑った。私の問いには答えない。  共に数日間旅をして、ミラクが何度か見せたこの下卑た笑みは、ミラクが自分にとって都合が良い時にだけ見せるものだ。 「良い噂が出回りそうじゃねェか。建国の英雄の娘。槍術の達人。蒼龍狩り。 ……事を荒立てない為にこの場では言わねぇでやるが、その外套の中身も……。隠れ蓑としてのお前は優秀だ、サキ」  そう言ってミラクは酒場を出た。私達もミラクに続いて出て、宿に向かって歩く。 「……外套の中身?そういえばサキさん、酒場でも外でもずっと外套を来ていますけど、何かを隠しているんですか? 」 「この外套は……」  言葉が詰まる。不意に、初めて出会った日のミラクが脳裏に浮かんだ。 『知ってるか?人族の多い地域では、亜種族の体は高く売れるんだぜ、生体死体問わずな』  少し息を呑んだ。あの日のミラクは、あんなにも冷たい瞳、あんなにも冷たい声音だっただろうか。 「……この外套は、別に何でもないわ。気にしないで、ニーナ」 「そうですか?わかりました」  ニーナは素直にそう言った。本当に気にしていないようだった。  ニーナが何かすると思っているわけではない。ただ少し慎重に判断をしただけだ。  そう、例えば私が吸血鬼の混血だという噂が広まれば一緒にいるニーナにも危害が及ぶことがあるかもしれない。  決して、今さらミラクの闇を恐れたり、仲間であるニーナを信頼しなかったりしたわけではないわ。  横を見るとニーナがどこか不安そうな顔をしていた。 「ニーナ、明日は朝から大河に向かうんだから今日はよく寝て体を休めるのよ」 「はい、サキさん。私も大河を渡るのは実は初めてなので少し……緊張してしまいます」  ニーナは不安そうに言う。 「ニーナのことは私がしっかり守るから大丈夫よ」  そう。蒼龍狩りを成した私とミラクがいれば、3人で大河を渡ることなど大したことではないはずだ。  不安など感じずに、今日は宿でゆっくりと眠るといい。  大河の殲獣達との戦いは全力で楽しむためにも。大河は、西部から都までの旅の難所の1つなだけあって、多くの冒険者の憧れだ。私も、旅の前からかなり楽しみにしていた。  村を出て、ミラクとニーナと出会った。私達は仲間だ。ミラクとの関係は少し歪だが。ミラクは、最初に会った日に言った通り、私を利用しているだけなのかもしれない。  しかし、私はこの底知れない男のことを心からは憎めないのだ。ミラクは腕も立つ。とことん他人を利用しようとする性分も見ている分には面白いが、時々可哀想に感じる。  私の仲間になったからにはミラクのことも必ず懐柔してやる。  ミラクは私のことを仲間とは思っていないかもしれないが、それはまぁ良いんだ。  私も、借りはきっちり返すつもりだからな。  その時、刃をぶつけ合い、互いに心が通じ合えば、それで良いんだ。  私はミラクとニーナという仲間とともに大河を渡り、都シュタットを目指す。  きっと大河での冒険もなんだかんだ楽しいものになるはずだ。大河での冒険にも、その先での冒険にも、私を惹きつけて止まない希望がある。  ただひたすらに、その光を掴みたいと思った。    私は、この旅の先に、希望があると信じていた。  仲間と笑い合い旅をして、辿り着いた都で名を挙げるという未来を、信じていた。  否、本当は気がつかないふりをしていたのかもしれない。    __迫り来る残酷な運命から、目を、逸らしてしまっていたのかもしれない。
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