プロローグ 旅立ち

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プロローグ 旅立ち

 血槍の半吸血鬼。  帝国軍における私の異名である。  亜種族の集う都シュタット。  私は人族の村で人族同様に育ち確かに希望に満ちて、都シュタットへと旅立ったはずだった。  その旅が如何に過酷なものになるかなど知らずに。  亜種族達は、人族の皇帝を傀儡として今日も人を踏み躙る。  そんな都で私は今日も血に塗れた槍を振るった。  帝国軍暗殺部隊の、早朝の定型作業。斬首による死刑執行。  淀んだ空気を振り払うように天を仰ぐ。 「血槍、そこで一体何をしていますの? もう行きますわよ」 「……そうね……」  目に入ったその青い空に在りし日の旅立ちの記憶が呼び起こされた。     *  晴天。心地よい風が頬をなぞる。  私の門出を祝福してくれているかのようだ。  鼓動が高鳴り、肩に担いでいた槍を思わず握りしめた。 「じゃあ、行ってくるね!みんな!!」  私は笑顔で言った。  私は今日、帝国の都シュタットへと旅立つ。  育ての親であり、槍術の師匠であるライトをはじめとする村の面々から、温かに見送られた。  村長は涙を流し、私と年の近い子たちも涙ぐんでいた。  あの子達には、これからもサボらずに、ライトの道場に通い続けて欲しいと思う。  私の育ての親であるライトは前夜の宴で泣いていたのが嘘のように、笑顔で見送ってくれた。  黒い翼が、窮屈な外套の中でひらひらと動く。  私の感情に合わせて勝手に動くこの翼は、自由に動かせない。体の大きさに比べ小さく、飛ぶことなどできない、ただの飾りのような翼。  みんなには無い、黒い翼。  私に表れている吸血鬼族の特性は、混血ということもありこの翼くらいだ。  村長に生き血を啜れば何か変化があるかもしれないと言われたことはあるが、それは私が人族の血も引いているため、万が一の可能性を考えたライトに禁止されている。  人族の多い帝国西部では悪目立ちすると不便だろうから、とライトが用意してくれたら外套は窮屈だ。  まだ慣れないが、人前では外套を脱がないように言われている。  本当に私は、村を出てしまったのだ。  私達が暮らす帝国の政治は、50年前の建国以来、ずっと不安定だ。  帝国は、50年前に起こった大陸中の国々を巻き込んだ大陸戦争の末に成った国だ。  様々な種族、民族が共存する。未だ、紛争や小競り合いも絶えない。  海沿いの小さな村シャトラント。  人族が人口の9割を占める、帝国の西部に位置するこの村で私は育った。  私が村を出ることを決めたのは、帝国軍で成り上がる為だ。軍人となり、強い者と戦い、競い合い、高め合っていく。  都には、私が想像もつかないほど多くの人がいると聞いている。この辺りは人族ばかりだが、都には鬼族や吸血鬼族、長耳族など珍しい種族も多く揃っているらしい。  色んな人と出会い、考えたこともないような経験をたくさん積もう。  それは、村のみんなのためにもなる。  帝国の都に出て名を上げ、仕送りをして村を豊かにするんだ。そして、私を育ててくれた村の皆に恩返しをする。  生みの親のことはよく知らない。  嵐の夜、赤子だった私を抱えた人族の女が流れ着き、海に一番近い村長の家に私を托し、生き絶えたのだという。  奇妙な出来事であったと村長は語った。  私の母は、純粋な人族に見えたから、おそらく、父親にあたる男に吸血鬼の血が流れていたのだろうと言った。  私は、記憶にもない生みの親のことを語られても、よくわからなかった。  私にとって、親は、この「サキ」という名前をくれて、生きていくための術を教えてくれたライトだ。  嵐が去り、村の会合で蝙蝠のような翼を持つ赤子についての話し合いが行われた時、ライトは真っ先に私を引き取ると宣言したと言う。 『この子は俺が預かろう。……同じ亜種族の血が流れる者としてな』  ライトには、鬼族の血が流れていた。  ライトの母は、この村の出身であったが、帝国の都に出た。鬼族の男との子であるライトを身籠り1人で村に帰って、ライトを産み落として生き絶えたという。  自分と同じ様な身の上から、私を放ってはおけなかったのだろうと村長は言った。  ライトは、鬼族の特性はもつものの、角は無く外見は人族そのものだった。  ライトは、少年の頃に村を出て、都に行き、軍に志願した。  その後、大陸中を巻き込んだ大陸戦争が起きた。  その戦争により、ライトは多大な軍功により将軍となった。  数十年、帝国軍人として活躍した後、余生は村で送ると決め、村に帰ってきて、私を引き取り育てることになったのだ。  実は、こんなに詳しい事情を私はつい最近まで知らなかった。  村を出る前夜の宴の後、村長がこっそり教えてくれたのだ。  村長が開いてくれた、私を送り出すための宴。  そこで、酔い潰れて寝てしまったライトを片目に、村長は涙ながらに物語を話すように語った。  正直、その時は大袈裟だなと思った。   しかし、1人で木に寄り夜空の星々を見上げていると、様々な感情が溢れ出してくる。 「親父…」  父と呼ぶように言われても、どこか照れ臭く、ライトと呼び捨ててきたのに、何故か、そう呼んだ。  本人が居ないせいか、はたまた柄にもなく感傷的な気分になってしまったせいか、普段とは違い父と呼んでしまった。  ライトは紛れもなく私の親である。  ここ数年、髭も髪も真っ白になって、もう大分年だろうに、私は遂にライトに敵わなかった。もちろん、私はまだ15歳であるからまだまだ発展途上だが。  きっと都から帰る頃には、ライトより強くなっている。  根拠はないが、そう思う。  帝国の都シュタットを目指して、1人、村を出て2日目の夜。  まだ孤独な野宿は慣れない。もうずっと森の中を歩いている。  ひと月ほど旅をすれば、都にたどり着くはずだ。この辺りはほぼ人通りはない。  もう数日すれば、徐々に交易商や旅人が増えていくだろう。  私の槍術では、都で、軍功を挙げ上り詰めることも可能だと、ライトは言ってくれた。  そうだ。  私はきっと名を上げる。  色んな人と出会って、色んな冒険をして、もっともっと強くなるんだ。そのことは、村への恩返しにもなる。  不安もある。  しかし、どうしようもない程に溢れ出す好奇心と未来への期待が、私を突き動かして止まないのだ。  
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