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8 悪態
「………だからさぁ、早いよ。まだまだ聞きたいことあったのにさぁ。どうして栞にURL書くみたいな遠回しな方法を取ったのとか、ほんとに姉弟だったら面白そうだから、こっそり出生届一緒に見たりしてさぁ、あ、やっぱりあの後親に頼んで確認したけどうちの父親、熊本くんのお父さんとは関係ないみたい。
……
つまんないじゃん。どうせだったら一緒に確認して『うーわ、つまんな』って言い合いたかったよ。」
「……馬鹿なんじゃないの」
熊本くんが寝ている墓に向かって夏は悪態づく。
泣きながら馬鹿だ馬鹿だと心の中で、口の中で夏は何度となく唱えた。
先程墓参りに訪れた夏を、たまたま出くわした熊本くんの友人達はいつもの調子で
「うーわ、やっぱ来たよ。流石熊本の女。」
「あいつ、ストーカーなんじゃねぇの。」
「ひょっとしてあいつが熊本になんかしたとか?」
と、普段より棘のある陰口で彼女を迎えた。
夏は夏で、彼らの少しの涙声から発せられる悪態を尻目に、手を合わせながら熊本くんに悪態をついていた。
「ほんとあんたって馬鹿だよね。あの子達、ちゃんとあんたのこと必要としてくれてんじゃん。あんたがここで証言しろっての。僕の勝手な行動によるものですって。松井さんは一切関係ありませんって。」
クラスメイト達がぞろぞろと帰ってゆく音が薄らぎ始めた頃、ようやく夏も重い腰を上げてゆっくりと立ち上がった。
これからどうしたものかとぼんやり考えていると、ふと横から
「あの、もしかして松井夏さん?」
と柔らかい女性と思わしき声が聞こえてきた。
誰だろうと疑問に思いつつはい?と返事を返し横を振り向いた夏の前には、少し窶れてい入るがおっとりとした少し世間知らずそうにも見える30代くらいのの女性が立っていた。
「びっくりさせてごめんなさいね。私、熊本藤谷の母です。生前、あの子がお世話になったようで…。」
熊本くんの母と聞いた瞬間、夏の頭に彼の『俺、私生児なんだ。』という言葉は過ぎった。
「あ、いえ、全然。私も私で熊本くんにはお世話になったので…。」
「いえいえとんでもない、時々あの子から貴方のことは聞いていたんですよ。カウンセラーみたいな、ねーちゃんのみたいな不思議な女の子が居るって。
それで私が彼女なの?って聞いたら、『ちげーよ!かーちゃん、ねーちゃん欲しかったって言ってだろ?絶対かーちゃんも一目でねーちゃんだって思うから』って…。その時はよく分からなかったけど、本当にこうしてみると藤谷のお姉さんみたい…。
ごめんなさいね、変なこと言っちゃって…。」
「いえ、私もよく熊本くんからお母様のお話、聞いていたので。熊本くん…。その…、すごくお母様のこと、大切そうに話してました。心配かけたくないとか、かーちゃんとじーちゃんとばーちゃんにはほんとに感謝してるんだって。余計なことだったらごめんなさい。でも、私にも熊本くん、お母様は自身の悩みと何一つ関係ないんだって話してたので…。それだけ伝えたくて。」
「…ありがとう。ごめんなさいね。どうしても後悔していることばっかりだから…。そのお気持ちだけでも、十分嬉しいわ。また、藤谷のお墓参りに来てくれるかしら。是非、貴方とおしゃべりしたいの。」
私で良ければ、と夏が答えると、熊本くんの母親は子供のような無邪気な笑顔を涙越に見せた。
夏はよろよろと、それでも何処か母親であることの強さを背負った女性の後ろ姿を見送りながら、ふと、空を眺めた。
自宅に戻ったら昔、作家を志望すると言って買ったままになっている原稿用紙を、あのダンボールの中から発掘しよう。
そして一人の純粋で、自分に厳しく、懸命に生きようと藻掻いた一人の男の子の話を書こう。
世界に一つしかない小説の中にはあの栞を挟もう。
そんなことを考えながら夏はゆっくりと墓地を後にした。
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