5  電話しよう

1/1
前へ
/9ページ
次へ

5  電話しよう

    熊本くんから電話が来たのは彼を屋上でなだめた出来事から数日のことだった。  あのあとニ時間分の授業をサボった二人のことはクラス内で話題となっていた。  あの地味な村井さんと熊本のやつが、屋上でニ時間もの間ぶっ通しで会っていたなんて、屋上で何をしていたんだと年頃の節操のない彼ら・彼女らがその事実から卑猥な話題へ変換するのはごく当たり前のことだった。  そのおかげで夏はしばらくの間、ずっと『大人しい見かけによらずなかなかの肉食系女子』というキャラとしてこのクラスでやっていくこととなった。  うんざりはしたが夏は、一学期が終わる頃には通信制高校に編入すると決めていたのでどこか諦めにも似た、達観とした気持ちでその事実を受け流すことができた。  しかしそんな夏の心のわだかまりは熊本くんのことだった。  夏はきっと自分はこの環境の変化によって頭のモヤモヤが少しは晴れるのだろうとうっすら確信していた。しかし彼は夏のように簡単に解決できる環境ではないのだ。  あの場ではいい解決方法を彼のために見つけようと思っていたがいざ、家に帰って考えてみても『合わない環境に身を起きながらも、そのストレスを解消し、ずっとその場に見を置ける方法』なんて、むしろ自分が知りたいくらいだった。 夏は電話のあったその日の晩、自室のベッドの上で必死に考えを巡らせていた。  彼のクラスメイトに対しての愚痴を聞いてあげる?いや、それは応急処置のようなものだからいずれ効力を持たなくなる。  だったら、彼と同じように明るい、いわゆるイケてる人だが私や彼の話に付いてこれるような人を高校から探す?いや、あの学校でそんな人を見つけるなんて干上がった土の中からオアシスを見つけようとするようなものだ。  いっそのこと、彼を説得し、夏と同じように通信制高校に通わせそこで、一からイケてる人達との人脈を作っていくという荒療治も思いつきはしたが、あの屋上での様子からもう、彼にはそんな気力は残っていないだろう。  そうやって夏が自分の頼りなさは母親譲りなのだろうかと自己嫌悪になりかけたとき、聞き慣れないスマホの着信が部屋に響いた。  恐る恐るスマホの画面を見ると  あの日、屋上で何か変化があったら、お互いにすぐに連絡できるようにと交換した熊本くんからの着信だった。  おっかなびっくり夏は通話ボタンとスピーカーボタンを押す。  「もしもし?」  「あ、村井さん。ごめんね。夜遅くに。あのさ…いま平気?」  熊本くんの声はどこかあの日、屋上で聞いた頼りない、震えた声の様だった。  慌てて夏は応答する。  「全然!それよりどうしたの?具合悪いの?」  「……。いや、その…。かーちゃんにバレたかも。その…。」  その一言で何となく、その夏は察した。  熊本くんのお母さんは熊本くんが無理して合わない子たちとつるんでいるかもしれないと薄々察しているということを。それが今、熊本くんの精神を蝕んでいるかもしれないことも。  「何、何があったの…。」  「いや、その、最近俺変なんだ。前まではイライラしなかったこともここ最近はすげーぐらい、頭が痛くなるくらいイライラして怒鳴りつけたくなる。それで…、今朝、家で買ってるインコが発情期なのもあっていつも以上に鳴いててさ…。思わず『うるせーんだよ!ちょっとは黙れ!』って…。そしたらかーちゃんそれ見てて…。何も言わなかったし、中ニの時もたまに癇癪起こしてたから…。でも、その時もピヨ、あ、インコのことね。あいつのことは怒鳴ったりしなかったからさ…。異常だと思われたかも。どうしよう………。このまま俺の周りの環境変わっちゃったら…。」  夏は彼の精神の限界を悟った。そしておそらく彼自身もそのことは自覚しているのだろう。だからこそ、お母さんにバレたらと怯えている。  夏は何とか彼を安心させたかった。  「だ、大丈夫だよ。まだ私達高校生だしさ、まだ全然反抗期の子とかいるよ。お母さんもびっくりはしただろうけど、そこからいきなり熊本くんの環境を変えようとはしないって。」  「うん…。ありがと。でも、俺、単純にショックなんだ。その…、インコのこと。あいつ、すげー怯えちゃってさ。ストレスに弱いとこととかあるし…。さっき見たら羽、結構落ちててさ。どうしよ、俺のせいでピヨ、死んだら…」  「そんなことないからっピヨちゃん、普段から優しく接してる熊本くんのこと知ってるんでしょ?今はびっくりしちゃってるだけですぐに良くなるよ。私もお母さんがインコ好きでその影響で色々知ってるけど、、良くあるみたいだし…。」  夏は必死に彼の考えをねじ伏せた。夏はインコの知識なんて知らない。昔母が飼っていたインコの話をたまに小耳に挟んだことがある程度だ。だから自分がデタラメを言っているということは分かっていたがそれでも何か言わずにはいられなかった。  熊本くんは少し、夏のすごい剣幕の様子を聞き、落ち着いたようで笑いながら  「ありがと、村井さんもそんなおっきい声出すんだね。ちょっと安心したわ。今はピヨ、だいぶ落ち着いてきてるし。俺、ちょっと思考やばいよね。もう寝るわ。おやすみっ」  と、また一息で話し終わってしまった。  夏も少しホッとしながら  「うん、私も今、色々と熊本くんのベストな解決方法、考えてるから。おやすみっ」  と答える。  「あ、あとそれから、ピヨ、オスだから」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加