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散らかった部屋の散らかったベッドの上で目を覚ます。
いつの間にか眠っていたようだ。
俺はキッチンで水を汲んで、飲んだ。
乾いた口と食道に、潤いと塩素臭が満ちる。
何も考えずにスマホの電源を入れて、やっと俺は例のアプリのことを思い出した。
一瞬、自分の中の小さなプライドと罪悪感が邪魔をしたが、それを抑え込んで、アプリを開く。
『AI彼女!!』
いきなり大音量で響いたタイトルコールに驚いて、俺は慌てて音量を下げた。
画面はしばらくロード中だったが、やがて説明が始まった。
『これは、あなたと、あなたの理想の彼女とを繋ぐ秘密の架け橋です…。どんな彼女でも、あなたの思い通り、理想がある限り、夢のようなひとときが楽しめます…。 まずは、あなたの好きな彼女を選びましょう…。』
再び短いロードを挟んで、キャラクターを選ぶ画面へと切り替わる。
茶髪でくるくると髪を巻いた女の子。
緑髪のツインテール。
やたらトゲトゲした服を着て、腕が大砲みたいになっているやつまで、色々なのがいた。
そうして画面をスライドしていると、俺はどきりとした。
つやつやした黒髪の、肩までかかるセミロングで、少し他より小さい背丈。
おまけに、水色のスカートを履いている。
俺は、そのあまりにも彼女に似ていた出で立ちにいくらか衝撃を受けて固まっていたが、それ以上思い出さないように慌てて画面を端までスクロールした。
画面の端には、『カスタム』という項目があった。
なるほど、髪型や背丈などを自由に選択出来るようだ。
特にこだわりは無かったが、俺はなるべく彼女と反対にしてやろうと考えた。
その方が、彼女のことを思い出さなくて済むだろうと考えたからだ。
金髪で、ショートカット。
服は、Tシャツとズボンにした。
俺の好みでは無いが、別ににそれでよかった。
そのまま、説明される通りに、自分の名前を入れて、声のトーンを調整した。
画面が暗転する。
『そうたくん、起きて。』
少し低めに調整した機械音声がそう言った。
やがて画面が明るくなると、先程選んだ、俺の『カノジョ』がそこに居た。
優しく微笑みかけるカノジョは、声と合わせて見ると、想定していたよりも落ち着いた印象を受ける。
私と出会ってくれて、ありがとう。これからあなたのことをどんどん知って、あなたの良きパートナーになるよう、がんばるね。』
あまりにも淀みない発音に、むしろ違和感を覚えるほどだった。
『まずは、あなたの名前を教えてくれるかな。』
「……そうた。」
スマホに向かって話しかけるのがどうにも気恥ずかしく思えて、口ごもった。
しかし、カノジョはそれを汲み取って、俺の何倍も大きな声で言う。
『そうたくんって言うんだね、これから、よろしくね!』
カノジョはにっこりと笑った。
初夏のみずみずしい暑さとともに、蝉の声が舗装道路に反射する。
俺は川辺の道を自転車で進んでゆく。
自転車の振動をハンドル越しに感じて、ペダルを踏み込もうとしたその時、俺は目の端に映るものを知って慌ててブレーキをかけた。
黒髪か風になびいて、さらさらと舞っている。
明らかに見慣れた後ろ姿であった。
彼女は点滅する信号の横断歩道を足早にかけていく。
心臓がばくばくと波打つ。俺は胸に手を押し当てて、叫んだ。
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