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しかし、心の奥底では、自分が彼女の特別な存在になることを願っていないと言えば嘘になる。
日高さんは幼い頃に両親を亡くして、今は親戚のところで暮らしているが、あまりいい関係ではないらしい。
友達も恋人もおらず、いつも一人ぼっちだ。
けれど彼女はそんなことは全然平気なふうで、孤高に毎日を生きている。
いつからだったろう、そんな日高さんに惹かれてしまったのは。
日高さんがふいにこちらを向いた。
思い切り目が合ってしまい、僕は慌てて視線を逸らした。
この頃、時折こういうことがある。
不審に思われていなければいいのだけど。
先生がやってきて、終礼は滞りなく終わった。
帰り支度をしていた僕の横に、つと一つの人影が立った。
見上げると、そこには日高さんがいた。
「……日高さん、どうしたの? 僕になにか用?」
努めて冷静にそう訊きながら、僕の胸は痛いほどに高鳴っている。
日高さんは、ほかのクラスメイトに聞こえないくらいの小さな声で、僕に言った。
「今日、小森公園まで来てくれない? 大事な話があるの」
■
日高さんとは別々に校門を出て、小森公園で、現地待ち合わせとなった。
小森公園は、多くの生徒の通学路からは外れたところにある、物陰が多くてひとけのない静かな公園だ。
先について十分ほど待っていたら、日高さんが来た。
「ごめんね、いきなり」
「いや、それはいいけど。なんの用事?」
日高さんは僕をベンチに誘い、古ぼけた木製のそれに、僕たちは並んで腰かけた。
少し寒いねと言って、日高さんは、持っていたサーモマグから、紙コップに紅茶をついで、僕に渡してくれた。
今までに飲んだどんな紅茶よりもいい香りがした。
「ありがとう」と声が震えないよう気をつけながらお礼を言って、熱い液体を飲む。
「知ってると思うけど、私、両親がいなくて、親戚の家で暮らしてるの。でも、あんまり上手くいってなくて」
「……うん。聞いたことがある気がする」
「人づき合いも下手で、友達もいないし、私ってずっとこうして孤独に生きていくのかなって思うと、絶望的な気分になるの。大人になって、歳をとってもこうなのかなって」
「そんなこと」
「私は、交通事故とか、不治の病とか、そんなものより、こんな私のままただ生きていくことの方がずっと怖い。……未来って、怖くない?」
その気持ちは分かる気がした。
僕がなにかに恐怖を抱く時、恐怖の対象それ自体より、そんな恐ろしいものにまみえる未来にこそ怯えてしまう。
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