十本指

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 僕の中学校で、奇妙なおまじないが噂になった。  自分が大切に思っている人の指を、合計十本集めて願いをかけると、どんな願いでも叶うというものだ。    まあ、そのくらいの犠牲を伴わないと、願いなんて叶わないという戒めみたいなものかなと僕は解釈していた。  出処不明の、七不思議に近いようなおまじないだったが、当然、身近で実践したという人間は見なかった。  ただ、家族の重病が治った人がいるとか、死んだペットが生き返った人がいるらしいとか、そんな話だけが断続的にもたらされはした。  指が十本いるということは、大切な人間が十人いれば一本ずつ、五人しかいなければたとえば二本ずつもらうことになる。  どの程度大切な相手でないといけないのかは分からないけど、家族や恋人、あるいは親友クラスから集めないとならないとしたら、かなり高いハードルだ。  それでも、もし仮に指十本集められたとしたら、僕だったらどんな願いを叶えてもらうだろう。  金持ちになるとか、恐ろしい病気にかからないようにしてくれとか、我ながら実につまらない発想しか浮かんでこない。    ぼんやりとそんなことを考えながら、僕は教室の窓辺を見た。  間もなく終礼が始まる、夕暮れ前の窓の手前。  クラスメイトの日高さんが、長い髪を穏やかな風にとかせていた。    この頃は、油断すると、つい彼女を目で追ってしまう。  つき合いたいわけではない。  僕のような陰気な男は、彼女には釣り合わないだろう。
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