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勢いよく、記憶が引っ張り出される。
景色も祖母の顔も、視覚情報はまだ淡い。けれど、出来事の記憶は戻った。
次に続くであろう真実を、確認すべくページを捲る。やっぱりだ。
“4月21日日曜日(晴れ) 今日、弘子ちゃんと約束をしました。弘子ちゃんがきららちゃんで私がるるみちゃんという、もう一つのお名前を作るのよって。二人きりの時はその名前で呼び合うのよって。みんなには知られちゃダメなひみつのお名前なんだって”
“きらら”も“るるみ”も私が作った名前だった。かわいい名前が欲しくて、変身ごっこに祖母を巻き込んだのだ。
ああ、なんだ。今だって私のことばっかりだったんじゃん。
幼子の戯言を――本人でさえ忘れてしまった出来事を、祖母は大事に抱えてくれていた。秘密の部分は抜けてしまったようだけど。
真実を目の前に、涙が溢れた。
「ただいまー」
小さな声が耳に届く。母親じゃない、これは祖母の声だ。
日記を手から滑らせ、徒競走さながらのスタートを切る。
玄関に立っていたのは、土だらけの祖母だった。手には、レジ袋がぶら下がっている。それから散歩道で見た花も。
どうやら、候補は有力だったらしい。
お母さんに連絡しなきゃ。おばあちゃんいたよって。お母さん、すれ違ってたみたいだよって。
「きららちゃん、かわいいねぇ。あのね、これあげたくて取ってきたの」
にしても、花とぶどうのために長旅しすぎでしょうよ。
温和を顔に貼り付けたような、優しすぎる笑顔がぼやけた。
「もう! 心配したんだから!」
すっかり収まりの良くなった体を抱きしめる。祖母は、泣きじゃくる私の背中をさすってくれた。
それから一言、「ぶどう食べる?」と呟いた。
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