大好きなのにイヤになる

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大好きなのにイヤになる

 そんな日々が繰り返されれば、家が嫌になるのは当然だろう。  学校に滞在する時間も伸びるし、帰宅時間を引き延ばす方法も増えるし。今日なんかは、少し外れた道を遠回りしている。一応、母親には連絡済みだ。  もう何年も通っていない道は、記憶からすっかり抜け落ちていた。昔、よく散歩していた気もするが、景色がすり替わっていて確証が持てない。  認知症ってのもこんな感じで、知っているのに知らない状態になっちゃうのかもなぁ。なんて、なんとなく祖母になりきってみる。  多分、私は今でも祖母のことが好きだ。好きだからこそ、知らない彼女になっていくのが怖いのだ。  どちら様ですか?なんて言われたら、心が折れるかもしれない。今ですら近いようなものだけど。  当てもなく道をウロウロする。下を向いていた視線の先、一輪の花を見つけた。  懐かしさの気配に、つい惹きつけられる。思い出一つ蘇らないのに、不思議と花を綺麗だと思った。  大切な何かが宿っている気がして、近寄って注意を凝らしてみる。  目線を変えたからか、ふと違う時空からの風を感じた。  そうそう、この道は祖母との散歩でよく通ったんだ。毎日のように手を繋いで歩いたっけ。  この花は確か祖母も私も好きで。私が何度寄り道しようと、何分立ち止まろうと、温和な笑顔で見守ってくれていたよな。  何度も繰り返したはずの思い出さえ、人は忘れてしまうのだ。それも健康な脳で。ならば、祖母が忘れてしまうのも仕方がない。  なんて、そんなことは既に飲み込んでいる。  分かった上で辛いのだ。寂しいのだ。祖母の中に、私がいないことが酷い孤独を連れてくるのだ。  私を見てよ。私を愛してよ。きららじゃなくて、弘子に笑ってよ。そう、願ってしまうのだ。  花が輪郭を失う。瞳を覆った雫は、景色を磨りガラスのようにした。目に引っ付いていられなくなっては、地面へ逃げる。なのに、中々鮮明にはならなかった。
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