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教室のドアを開けて「おはよう」って、誰かに声をかけていたんだっけ?
そんなことすら忘れてしまっていて、どうしたらいいのかわからずドアの前で立ち尽くしていた。
「島崎くんじゃない」
すっかり聞き慣れてしまった声に振り返る。
飯束さんがこちらに向かってきていた。気の強さにタジタジになったが、こんなときには心強い。
だが、飯束さんは哲太の久々の登校にはなんの感慨もないようで、ただひとつの心配事について問いかけてくる。
「本、持ってきたでしょうね」
「うん。忘れないよ。六年生まで自宅をたずねてこられちゃったから」
「六年生?」
「太田っていう男子。図書委員っていってた。そんなにも大事になってるなんて……あ、そうか、盗まれたんだから大事か」
だけど、飯束さんはその人物にあまりピンときてないようだった。
「太田くん? 図書委員にそんな人いないと思うけど」
「え? そうなの? でも、名札にはそう書いてあったし、貸し出しカードを見てうちをたずねたっていってたよ」
「ふうん……」
飯束さんはなにか考え込むように口を結んで小首をかしげた。
その無防備なかんじ、案外かわいい。三登田スカイファン同士という共通項で悪を成敗してやるなんて、できすぎな設定じゃないか。
なにかを思い出したのか、ハッとして哲太を見た。目が合ってちょっと照れる。
「ひょっとして、その人、1組だった?」
「ん? あ、そうそう、6年1組」
「そっか。じゃあ、今から図書室に本を返しに行こう」
「え? 今から?」
もうすぐ予鈴が鳴るというのに、飯束さんは哲太の手首をつかんで別棟の校舎へ向かった。
「その前に職員室ね。いま、図書室は鍵がかかってるから、担任の先生に頼んで鍵を貸してもらおう」
思い立ったら行動しちゃう人なんだな、と思った。
そのままぐんぐん小走りで廊下のど真ん中をつっきっていく。
だけど、手首をつかまれっぱなしってのは、ちょっと恥ずかしい。
それに気がついたのか哲太の手を離し、
「ちゃんとついてこられる?」
と、子供に語りかけるような目線で心配され、情けなくもあった。
「大丈夫だよ。いくらなんでも職員室の場所は忘れてない。でもなんで今なの」
「新なぞれきが置いてある場所は貸し出しカウンターの真正面の棚でしょ。その日当番だった図書委員が、ぽっかりあいた12冊分のスペースを不自然に思って調べたところ、盗まれたことが発覚したの。どうも、11冊いっぺんに持ち出したようなんだけど、抱えていたら図書委員か誰かが気づきそうじゃない」
「だったら……人がいないとき? 図書室の鍵を開け閉めできて、出入りが自由な図書委員が犯人ってこと?」
「それはまだなんともいえない」
飯束さんは慎重に答えた。
「でも、犯人はきっと同じ手口で最後の一冊を盗み出すわ。だから仕掛けてやるの。ねぇ、島崎くんはきょう、どこ掃除?」
「掃除場所は一週間で変わるし、しばらく学校へ行ってないからわかんないよ」
「どこの掃除でもいいけど、早めに切り上げて図書室近くで待ち伏せしよう」
「掃除って放課後じゃないよね?」
「なにいってるの。昼休みの後でしょ」
飯束さんはぴしゃりといった。
たしか、きょうは金曜日だよな。
図書室は月、水、金と、放課後に開放していたはずだが、なんでそんな時間に待ち伏せるのか。
とにかく、朝のうちに『新なぞれき』を所定の棚に返し、掃除の時間に待ち伏せることにしたのだった。
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