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「……えっと」
その小説を見せられた親友の日上悠月は、心の底から微妙な顔をした。
「ナニコレ?なんかの官能小説か?それともホラー小説とかそういう?」
「多分そっち、だと思われ」
自分――星野柾は、肩をすくめて言う。
たった今悠月に見せたのは、家のプリンターで印刷してきたとある小説の一部だった。デジタル媒体のご時世だが、資料として少しだけ印刷しておいた方が便利だと考えたのである。
その小説を書いたのは、当然柾ではない。
柾は偶然それを見つけただけだ。行方不明になった弟の、小説投稿サイトの下書きから。
「俺の弟が行方不明になってんの、悠月も知ってるよね?」
悠月から紙を受け取りつつ、柾は言う。
「警察は普通に家出だと思ってるし……俺もぶっちゃけ、そうかもしれないって思ってたんだよ。家から携帯も財布もなくなってるしさ。それに、あいつだってもう二十歳超えてるし。身を守ってやらないといけないほど、子供ってわけじゃない。心配だけど、一人でふらっと旅行にでも出かけてんじゃないかって、まだどっかで思ってる気持もあるんだ。一週間帰ってこないからさすがに捜索届け出しただけで」
柾の弟、星野皐。現在大学生で二十二歳の柾と悠月より、一つ年下の弟である。違うのは、弟が二十一歳で学校にも通っておらず仕事もしていない、いわゆるひきこもりだったという点。
皐は小学校の時にいじめに遭い、中学校から不登校になった。高校受験もせず、バイトをすることもなく、家にずーっとこもり続けていたのである。
彼の唯一の楽しみは、小説を書くことだったと知っている。ひきこもりではあるが、やりたいことがないからひきこもりではなく、小説を書き続けたいから引きこもっていたというのもあるらしい。以前散歩に誘ったら“書きかけの小説があるから嫌だ”と渋い顔をされたことがあったからだ。
両親も自分も、持て余していたのは否定しない。
けれどなんだかんだで義務教育は卒業したし、本人はひきこもりなりに本気で小説家を目指している様子。それならば、少し長い目で夢を追いかけるのを見守ってやってもいいのではないか。自分達が、そんな風に思っていた矢先のことだったのだ。
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