<2・殺戮。>

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「人が十二人も死んでから警察に通報って、現在じゃ考えられないことだよな。電波が通じなくて通報できませんでした、とかそういうのじゃないならともかく」  でもこれには理由があったらしいのだ。  まず、当時の村で、携帯電話を使う人間がほとんどいなかったこと。1994年ともなればそもそも日本全国で見ても携帯電話はまだ全然広まっていなかった頃ではあるだろうが(下手すれば、この後ポケベルが出てくるんじゃなかろうか。自分も詳しくないのでよくわかっていないが)。  それから、村の村長の権力と、外部の人間を関わらせたくないという意思が強かったこと。なんと村には駐在さえいなかったというのだ。 「村の人を傷つけた者は、村の力で見つけ出し、裁きを与えなければいけない。昔ながらのそんな風習があったらしい。……場合によっては、アレな神様でも信仰してたのかもな、よくある因習村みたいにさ。いずれにせよ、当初は自分達で犯人を見つけようとしていたから警察を頼らなかった、って話だ」  ところが、結局村中ひっくり返しても犯人を見つけることができない。もちろん村人たちも疑われたが、確定的な証拠を見つけることなどできなかった。まあ、警察のように専門知識もろくにない人間達が犯人捜しなんぞして、正しい答えが出せるとも思えないが。 「警察が介入したことで、殺人はぴたりと止まった。けれど結局、十二人を殺した犯人は見つからず、凶器も発見されないままで終わってるってわけだ」 「……なるほど」  柾の言葉に、悠月は苦い顔になった。柾が何を言わんとしているのかわかったからだろう。  この三十年前の事件。  起きたのは、G県、N群に位置する黒沼村。  そして皐のパソコンから出てきた小説のタイトルは――黒き沼、だ。さすがに、偶然とは思えない。 「結局この小説って公開したのか?弟さんお言う通りに」 「いいや」  悠月の言葉に、柾は首を横に振った。 「流石に、現実の事件そっくりな小説をアップするのはちょっとな。……この事件について、調べれば概要くらいは出てくる。だから、柾がこの事件について知って小説の題材にしただけ、ってことは十分あると思うんだ。ただ」 「ただ?」 「……描写が、丁寧すぎるんだよな。現実では不明とされている凶器ももちろん描かれているし……俺が調べた限りでは不明だった村の人の名前とかも、全部ちゃんとつけられてるし。なんだか、殺人を犯した本人が書いてるような、妙に生々しい描写の小説っていうか。……言いたいこと、わかるだろ?」 「…………」  柾の言葉に、悠月は沈黙した。
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