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「ところが、三十年前の事件の犯人……氏田松久は、ここ一か月で起きているそっくりな連続殺人事件が起きる前に死んでいる。つまり氏田松久本人が今起きている五件の連続殺人事件の犯人であるはずがないし、弟を呼び出すこともできるはずがないわけです。……それを起こしている人間は別にいます。氏田松久の遺志を継ぐ、別の人間が」
一体誰が意思を継いだのか。何故継いだのか。
そして氏田松久の本当の狙いはなんだったのか。
それらは、小説の内容と、自分達が調べた内容を重ね合わせて推測する他ない。
「それを知るためには、氏田松久が三十年前、何故事件を起こしたのかを推測する必要があります。本人がもう死んでるんで、推測しかできないんですけど」
「それは……氏田家が冷遇されていたから、じゃないんですかね?」
ぼさぼさの無精ひげを撫でながら言う日暮。
「あたしがこういうこと言うのはなんですけど……昔ながらの風習で、この村は“氏田家”に穢れ仕事を全部任せるべきってなってまたしね。汚いところの掃除とか、排泄物の処理とか、危険な工場の仕事とかそういうのはぜーんぶ氏田家の人間のお仕事。そのせいで、氏田家の奴らはみんな汚い、醜いみたいなイメージがついとりましたからねえ。自分らばっかりなんでこんな環境で生きて行かなきゃならんのだと思ったら恨みつらみも募るでしょうよ」
「そうですね。では、なんで松久は女性ばかり狙ったんでしょう?」
「ん?」
「単純に弱いものを狙うってだけなら、子供や老人をターゲットにしても良かったと思いませんか」
最初。残酷な事件の全容を聞いた時は、この連続殺人犯は歪んだ性欲を発散するためにこんなことをしたのかとも思ったのである。柾が、小説の読み込みが足らなかったというのもある。
世の中にはいるものだ。美しい女性を傷つけることで、セックスと同じような快感を覚えるというクソな連中も。
殺人は強姦の代替手段のようなものではないのかと考えていたのである。女性の乳房、という性的象徴となる部位を切り取っているから尚更に。
だが。
「女性たちは惨殺されてはいたけど、強姦されていたわけではなかったのではありませんか?現場に精液が飛んでいるなんてこともなかった。何故なら松久が彼女たちに向けたのは、性欲ではなかったから」
あの小説には、このように書かれていた。
『いずれ彼女に起きた悲劇なんぞも含め、俺にはてんで興味もないことだ。だがしかし、それでも俺はそれに対して怒りを感じていることにしなければいけなかった。彼女は俺を、自分の絶対的な信者であり、代理人として育てたつもりだったのだから、その息子の俺に、他に生きる選択肢などなかったのだから。
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