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選べたことはただ一つ。この殺意を、村の誰に向けるか、ということのみである。
俺は選んだ。俺を愛してくれなかったこの村と、自分の信者としかみなさなかった母へのささやかな抵抗。子を産み、母となりうる者達への抵抗。母性を象徴する乳房を切り落とすということでの抵抗。
この村に、もはや“母”など存在しなくていいのだ。
どうせ、俺はどの“母”からも愛されることはないのだから。』
氏田家とひとくくりにして冷遇されることに、彼は怒りを覚えていたことだろう。恨みもあったことだろう。だがしかし、彼を凶行に駆り立てた最大の原因はそこではない。
母親に、そのように教育されたからだ。
自分の代理人として村を復讐し、滅ぼしてもらうため。最初から、息子をそのようにして育てたのである。そしてそれが――村の何者か暴走して、氏田松枝を襲って大火傷を負わせた事件をきっかけに爆発したのだ。母親は自慢だった美しい顔を失い、プライドを切り裂かれ、憎悪の権化と化した。
「氏田松久は、母親に“村に復讐するための代理人”として育てられた。そして、大火傷をして憎しみの怪物と化した母親の遺志に則って、事件を起こすしかなくなった。いわゆる、洗脳によって作られた操り人形。……でも、殺す相手に美しい女たちを選んだのは、彼自身の意思」
「具体的には?」
「憎悪の代理人としてしか見られず、母親に愛されなかったことが彼のトラウマになっていた。それは……これから愛されて生まれるであろう命への嫉妬となったのでしょう。だから、女たちを殺したんです。将来、母親になる可能生が高い女たちを。既に愛する子供を持ち、幸せな家庭を築いている女たちを」
氏田松枝の願いは村への復讐。しかし、息子の願いはそれとは微妙にずれていたのではないか。
氏田松久の願いは、村への復讐と――自分を愛してくれない全ての母親への復讐、そして愛されて生まれる者達への嫉妬。
それが妊婦だった秋田春子への、他の犠牲者にはないより残虐な行動に現れているのではないか。
「とはいえ、理由は違えど母と息子の最終目標は同じ。この村の壊滅、復讐。だから……母親である氏田松枝を愛していた者が、息子の凶行と逃亡に手を貸した」
日暮の顔色は変わらない。
それでも柾は、容赦なく畳みかける。
「この村唯一の出入り口を守る門番であり、守衛……日暮正義さん。貴方、結婚前の氏田松枝さんと関係を持っていたそうですね?」
柾の言葉に。
日暮は、にんまりと笑みを浮かべてみせたのだった。
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