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「日暮家は、代々ここで門番をやることを強制された一家だった。……氏田家ほどじゃないですけど、身分がかなり低いんじゃないですか?だから、こんなエアコンもない部屋に、老人一人で押し込められている。本当に具合が悪い時と、週に一度の休みの日しか交代して貰えない。現在の労働基準法じゃ考えられない環境ですよ」
そのうち熱射病や、そのほか病気で倒れてしまってもおかしくない。
実際、煙草や酒のせいもあるだろうが、明らかに日暮老人が健康そうには見えなかった。
「氏田松枝と関係を持っていただけじゃない。……自分達に対しても、きつい仕事を押し付けてくる村の有力者たちに、貴方が不満を持っていてもおかしくはない。ただでさえ村にいた家族はみんな死別するか、息子さん娘さんたちは嫌になって出ていってしまっているわけでしょう?」
そんな彼が、氏田家の境遇に同情するのは必然えではないか。
こんな村滅んでしまえばいい、と思うのもわからないではない。子供達が村を出ていてもう安全な立場にいるなら尚更、騒ぎが起きたところで彼らに迷惑はかからないと思うのも然りだ。
「……確かに、あたしには動機がありますね。日暮家も、結構身分が低くって……どうしてあたし一人、こんなところで寂しく見張りなんぞしないといけないんだと、不満に思ったことはいくらでもありますよ」
乾いた声で笑う日暮。
「三十年前の事件、仮にあたしが本当に氏田松久に同情して、村の出入りを見逃したとしましょう。でも、あの事件はもう時効ですし、あたしを罪に問うことなんざできないんじゃないですかね?」
「……そうですね」
「その上で。今起きてる殺人事件はどう説明するおつもりで?あたしにできるとでも思ってんですかい、こんなボロボロのしわくちゃの老人一人で、若い女性を五人も殺すなんて。いくらなんでも、無理ってなもんでしょう」
これは実質、手引きしたのは自分と認めたようなものではなかろうか。
同時に、現在起きている殺人は無関係だと、不可能だと主張してくるのも予想通りではあった。
「これは呪いですよ。氏田松久氏の呪いが、女性たちを殺し、この村を滅ぼそうとしている。そういうことにしておけばいいじゃないですか、どうせこんな村……」
「それは違います」
でも、だからといって。呪いなんてものを認めて、若者たちが死んでいくのを見過ごすのは間違っているのだ。
何より――それを受け入れてしまったら、いなくなってしまった皐はどうなる。彼は幽霊に、神隠しされたとでも認めろと?
断じてそのようなこと、できるはずがない、だから。
「今起きている連続殺人は、別の人間の仕業です。氏田松久の遺志を継いだ人間が、もう一人いる、そうでしょう?」
柾は毅然とした態度で、彼を睨みつけるのだ。
どれほど残酷だとしても、これこそがきっと真実であるのだから、と。
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