<21・救済。>

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<21・救済。>

 ミステリーのお約束、ノックスの十戒、その第一の項目はこのようなものになっている。  “犯人は、物語の当初から登場していなければならない。”  今自分達が想定している犯人が、この項目にどこまで当てはまるかは微妙なところだ。しかし、最初から犯人の存在と名前は自分達に明示されていたのである。  何故ならば。 「三十年前の事件で、生死不明で行方不明になった人物が一人います。……最初は、俺もまさか、って思ったんです。その人物が、氏田松久を恨みこそすれ、加担する理由なんかないだろうって」 「!」  柾の言葉に、何を言おうとしているのか察したのだろう。明らかに、日暮の顔色が変わった。  彼もきっと想定していなかったのではないだろうか。この犯人に、辿り着ける人物なんていないはずだ、と。 「でも、二つの情報が……俺に、真実を齎してくれました。そのうちの一つが、氏田松久が犯行に及んだ真の動機。彼は、母親に愛されていないことにコンプレックスを抱いていた。母親の操り人形にされていることに、母親の代理人としてその意志を遂行するだけの人形にされていることに。……それがあまりにも憎たらしかった男は唯一の抵抗として……殺す対象を“いずれ母親になるであろう女性たち”に絞った」  皐に犯人が書かせた小説が、そのあたりのことを物語っている。  愛されたかったのに、愛されなかった。  だから女性達を殺し、母性の象徴である乳房を切り取るという残虐な犯行を重ねたのだと。 「虐げられた人間が望むことは、主に二つに一つだと思っています。自分と同じ思いをする人が出ないように、人の心の傷に寄り添おうと努力をするか……あるいは、別の人間にも自分と同じ痛みを味遭わせてやろうと思うか。氏田松久は、後者だった。自分の苦しみを誰かに押し付けてやりたかった。同じ目に遭わせてやりたかった。愛されない苦しみを与えて育て、己の代理人として意思を否定されて生かされる痛みを思い知らせてやりたかった」  だから同じことをした。  同じことをできる相手を、見つけたのだ。 「……見てください、これ」  スマホを取り出し、柾はあるアカウントを表示して日暮に見せた。 「元々俺達がこの村に来たのは……俺の弟が、三十年前の事件をモチーフにした小説を書いて失踪したから。その小説の原案を提供した人物は、Twitterで弟に声をかけた。そっちのアカウントではタヂマって名前になってたけど……そもそも最初に弟と最初に交流を持ったのは、スターライツっていう小説投稿SNSだったんです」 「それで?」 「そちらのアカウントは、この名前になっていました。……貴方も見覚えがあるんじゃないですか?」  アイコンもない。  プロフィールの文章も設定されていない。  作品投稿もされていない、完全な読み専アカウント。その名前は。
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