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「“雄太郎”。……驚きました。この名前……秋田春子さんの、産まれてくるはずだった赤ちゃんの名前、ですよね」
偶然であろうはずがない。
そして、まだ生まれてもいなかった赤ん坊の名前を知っている人間がそうそう多いはずもない。
秋田家の人間か、もしくは――今わの際に赤ん坊を庇おうと抵抗したであろう、春子が口走った名前を聞いたわけでもないのなら。
「氏田松久は、秋田春子さんの息子である赤ちゃん“秋田雄太郎”さんを自分の人形として三十年間洗脳して育て、村へ解き放ったんだ。自分の呪いにみせかけて、この村を恐怖に陥れて壊滅させるために!」
全ては、氏田松久の遺志を継いだ――否、無理矢理に継がされた、秋田雄太郎の犯行。
この村の惨劇を忘れさせないために。この愚かな村の現状をSNSを通じて広めさせるために、たまたま見つけた皐に声をかけて小説を書かせ、アップさせたのである。あるいは、そこまでは生前の氏田松久の指示だった可能性もあるが。
「皐は、雄太郎氏に誘拐されたはず。つまり、彼のところに皐はいる……!」
柾は立ち上がった。既に亡くなってしまった人の命は取り戻せない。それでも、まだこれから殺されるかもしれない女性達の命は救える。そして、囚われているであろう皐の命も。
「お願いします、日暮さん!今、秋田雄太郎はどこにいるんですか!?俺は……俺は皐を助けたいんです。貴方は、その居場所を知ってるんでしょう!?」
「日暮さん、オレからもお願いします。貴方は直接人を殺していないし、警察に突き出そうとか思っていないんです。でも、皐くんのことだけでも助けたいんだ。頼む……!」
柾と一緒に、悠月も頭を下げてくれた。流石に動揺した顔を隠しきれない様子の日暮は、視線をしばし彷徨わせた後――深く深く、ため息をついたのだった。
「……あたしはね、反対したんですよ。外部の人間を、巻き込むのはやめた方がいいって。それは自分の首を絞めるだけだって」
煙草が切れてきたのかもしれない。その指先が、微かに震えている。顔色も良くなかった、でも。
それでも日暮が煙草を吸おうとしないのは自分っちに配慮しているからなのか、あるいは己へ戒めているのか。
「村長さんも言ってたかもしれませんがね。外の人間ってのは、あたしらにとってそれだけで……特別な能力者、のようなもんなんです。あたしらが囚われていることに、あんたらは囚われていない。見えないことが、当然のように見えて、言える。……そういう人間は魅力的で、とても恐ろしい。松江さんがそうだったように」
「ということは……」
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