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「いきなり驚かすな!」
「ねえ、鍬、何に使うの?」
荒げた声にひるむ様子もなく、少年はあどけない表情で直基を見上げる。
まだ鼓動が静まらないことにも、目の前の子供の落ち着きっぷりにも、猛烈に腹が立ってきた。
「道を塞いでるロープを切るんだよ。どうせ子供の悪戯だろう」
言いながら、この子供がやったのかもしれないと、確信めいたものを感じた。
「二週間前の台風で、この先の崖が崩れたんだ。だからだよ」
「でたらめをいうな、三日まぇ――」
慌てて言葉を呑みこむ。
三日前にここに来たことは、誰にも悟られるわけにはいかなかった。たとえこんな子供でも。
「いや、少し前にこの山の麓の店に寄ったとき、そんな話は聞かなかったからさ」
「この道は細いし、雨が降るとぬかるむし、元々めったに人が入らないから、町の人は知りもしないと思うよ」
「じゃあ、なんであんなロープが張ってあるんだ?」
「なんでおじさんは、こんな道をのぼってきて、わざわざロープを外そうとしたの? 僕のおじいちゃんの鍬を使って」
「この道が行き止まりなんて、初めて来た俺が知るかよ。紅葉狩りにふらっと山道を上ってたら、鈴のついたふざけたロープなんて張ってあったもんだから、道具を借りて切ってやろうと思っただけだよ。なんか文句があるのか?」
子供を黙らせるにはこれで充分だ。
先ほどより更に語気を強めたので、泣き出すかもしれないと思ったが、意に反し、子供は異様なほどの無表情で切り返してきた。
「ちょっと道具を借りただけ?」
その目がちらりとスコップを見た気がした。
別のスコップだろうとは分かっていても、寒気がした。
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