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「くわのなおき、って読むんだよね」
「……お前」
「違う? ちょっきって読むの?」
「ふざけんな。なんだよ、誰の名前だ」
「知らない人の名前に、そんな反応するわけないから、おじさんの名前だよね」
「どっからその名前が出てきた!」
「何を拾った、って聞かないの? 何を掘り返した? の方が正確かな」
目を見開いたまま、冬馬はまるでセリフのように喋る。
心臓が喉からせり上がってきそうなほどに鼓動し、直基は一度大きくえずいた。
窓から顔を覗かせる子供のその細い首をねじ切りたい衝動にかられたが、挑発に乗ってはおしまいだ。
「馬鹿が。……友達の名前だよ。以前ここにハイキングに来て、落とし物をしたって言ってたんだ。そうか、お前が拾ってくれたんだな。返してくれ。本人に渡しておく」
助手席の窓にぐっと手を伸ばしたが、冬馬は気の毒なものを見るような目をこちらに向けるだけだった。
「落としたのって、何?」
「なんかのグッズだとか言ってた」
「なんで土の中に埋まってたの?」
「し……」
全身はじっとり汗ばみ、舌が焦りでしびれ始めた。
飛び出して捕まえてしまうことも考えたが、運動不足のうえ肥満体質の自分には到底不可能だ。逃げられる。
「知るかよそんなこと。本人に聞けよ。とにかく返せ。……いや、返してくれ。たのむ」
再びぐいと手を伸ばすが、冬馬は微動だにしない。
「何で嘘を吐くのかな」
「ごちゃごちゃうるせえよ! 俺のでも、俺の知人のでもおんなじことだ。落し物は落とした奴に返すのがこの世のルールだ! そんなことも分からねえのかこのクソガキ」
咥えていた煙草を窓めがけて力いっぱい投げた。
「あーあ、キレちゃだめなのに」
ひょいと交わして冬馬が笑う。
もう我慢の限界だった。シートベルトを外し、運転席のドアを勢いよく開ける。
それとほぼ同時に、
「冬馬~。なにかあったか~?」
民家の入り口あたりで年配の男の声がした。
「なんでもないよ、おじいちゃん」
もうこれ以上ここで騒ぎを大きくするのはまずい。
いやというほど殴りつけたい衝動をこらえながら、直基は運転席に戻った。
「お前、ろくな死に方はしねえぞ」
最後に冬馬を睨みつけ、車を急発進させる。
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