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「なくなっちゃったの」
彩華がそう言いだしたのは、つい一週間程前の事で、執事の衛英はその言葉を受けて主人たる彩華の周りに気を付けていたつもりだった。
「またなくなっちゃったの」
彩華はそう落胆した声音で呟いて、小さく息を吐いた。平生から派手な浪費を好まず、物をいつまでも大事にする性癖の持ち主だった。彼女にとって掘出し物と呼べるそれらは、屋敷の端に設けられた蔵に余す事無く詰め込まれている。
「具体的にどんな物がなくなるのですか」
相当に落ち込んでいる彩華に、衛英は苦笑交じりに問う。彩華の夫が同居を許可した親戚や屋敷の使用人達が彩華の蒐集品に興味を示すとは考えられないし、何より彩華の私物を黙って持ち去るような無礼を働くとも思えない。彩華は夫から贈られた髪飾りを指で弄びながら視線だけ衛英に視線を寄越すと、溜め息交じりに答えた。
「目玉」
「……剥製が壊れてしまったのですか」
一寸の間の置いて問うと、彩華は「それでもいいなあ」と的外れな答えを返す。衛英は怪訝そうに柳眉を顰めた。
「剥製ってどうやって作るんだろう……やっぱり脳味噌と内臓は抜かないと腐っちゃうよね。目玉は別の奇麗なのに替えて……防腐剤ってこの辺りで買えるのかな」
「……奥様?」
「髪もちょっとずつ抜けていっているみたいなの。奮発して絹の糸にしようかな」
「奥様!」
衛英の大きな声に、彩華はようやく一旦口を閉じて彼を見上げた。いつもと変わらない、凪いだ目つきだ。
「奥様、貴女は一体蔵に何を置いていらっしゃるのですか?」
衛英の問いに、彩華は何だそんな事かとどこか照れ臭そうに答えた。
「好きだった人だよ」
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