キノメ

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 私は自分の身長より高く生い茂った雑草をかき分けて歩いていた。  どこまでも土と木の、よく言えば自然いっぱい悪くいえば田舎っぽいにおい。  相変わらず変わらないな、ここはと思いながら道なき道を進んでいく。  私は久しぶりに都内から実家に戻ってきていた。  県内の高校を卒業してから、東京の大学に出てそろそろ就職先も考えなければいけない年になってきた。  まあその前に卒業論文を完成させないと何も始まらないのだけれど。  今回の帰省理由は(もちろん家に顔を出すためでもあるが)その卒業論文だ。  私は論文のテーマとして自分の生まれ育った土地の信仰を取り上げることにした。  家からしばらく歩くと小高い山がある。  小さな頃に行ったきりだが幸い熊などの危険動物が出るという噂もなく安心して登山……とまではいかないが山歩きできる。  地元民もあまり入らないからなかなか荒れていて道なき道を進むしかないけれど、フィールドワークにはもってこいだと思った。  舗装された平坦な道を行くより雰囲気が出る。  野外ということで長袖長ズボン、虫除けスプレー完備だ。  寒くなってきたからそんなに虫もいないだろうけど用心するにこしたことはない。  しばらく歩いて山の頂上にあたる鳥居の前にきた。  傾いだ石造りの鳥居はわずかにひび割れてそれだけでも十分に雰囲気が出ている。  重々しく、暗い雰囲気がいかにも人の里とは分かたれた土地である気がして。  私は鳥居をくぐる。  少し石畳を歩いた先に小さな社がある。  ほの暗い中をじっと見つめてみるが特に何もない。人気もなく、ただ朽ちるままに任せてあるように。  実際は近所の人がときどき上がってきて掃除をしているらしいが、あまり成果はみえない。  若い人がどんどん出て行って過疎化が進んでいるせいだろうか。  祖母や祖父に昔はついてきてお参りしていた。その頃の風景がなくなってしまうのは少し寂しいな、と思った。  そのとき中でミシ、という音がした。  それはまるで足音のような。  私は硬直する。  それからまた恐る恐る戸の隙間から中をのぞいて見る。  当たり前だが誰もいない。暗いので姿も見えないがなんの気配もない。  日が暮れてきた。  夕方に神社に入ってはいけない。  子どもの頃から口酸っぱくそう言われてきた。  そろそろ出よう。  目的地はここではない。ここには参拝しにきただけなのだから。  これからのフィールドワークの成功を祈って、それからこの土地に入ることをお許しくださいと心の中で礼をした。  音がしたのは、社にいる何かに声が届いたのだろうか。  まさかね、と思う。  鳥居を出ると横道にそれてさらに奥に入っていく。 「……あった」  ここに見にきたものが目の前に現れた。  それは小さな祠だ。  キノメ様。  みんなはここに祀られているものをそう呼ぶ。  この土地に伝わる信仰で、その名を小さい頃から聞かされてきた。  名前は出回っているが、細かい全体像まではわからない。   たしかなのは山と麓の里(私の実家がある町にあたる)を守っていること。  それと、女の神様だということだけだ。  地母神といって地を守る神は女であることが多いからそれが関係しているのだろうか。  キノメとはどんな字を当てるのだろう? 「木の芽」様? 「木の女」様だろうか。  どちらにしろ、木を育て寄り添う印象を感じる。自然を守る神に似合う名だなと思う。  まあこれはただの私の推測でしかないが。  あたりを見て回る。  祠のまわりだけ草は生えておらず、見事な砂地になっている。どうやら周辺とは少し地面の質が違うようだ。  自然にそうなったのか人工的なものなのかはわからないけれど。 「あれ?」  私は祠の後ろあたりを見て声を上げた。  岩肌が少し削れた場所がある。  注意しなければわからないが、掘ったような跡だ。これをやったのはきっと人間だろう。  動物だったらよほど大きなスコップのような手を持っているものになるがこの山にそんなものがいるとは聞いたことがない。  何かを埋めてある?  少し爪で引っかいてみると泥がほろほろと落ちた。  掘るものは持ってきていないので全容は見えないが、けっこう大きなものが埋まっている気がする。こんな場所に何を埋めているのかわからないが、信仰と関係があるのだろうか。  もうすぐ日が落ちる。  足元が見えなくなる前に今日のところは山を降りることにした。  引き返そうとしたそのとき、茂みの中で何かが動いた。  真っ暗でよく見えなかったけれど人くらいの大きさだった気がする。  なに?  何かがいるのだろうか。  注意して目を凝らすがまったく見えない。草木の間に隠れてしまったのか。  でも、間違いなくいた。  足を踏み出そうとして、立ち尽くした。  暗がりに人影が立っていたからだ。  黒い着物の少女。赤い帯が少し派手だが上品で、山の落ち着いた背景によく映える。  目鼻立ちの整った美しい顔だった。どこか人形じみて見えるくらい、現実感がない。 「だれ?」  歳の頃は私より少し若いくらいに見える。  高校生だろうか? 「そこで何しているの?」   問いかけに答えず、背を向けて歩き出す。  なんだというのだろう。  そのとき、ふと唇が動いた。  声が聞こえたような気がしたがそれは風の吐息のようで。  音は聞こえなかったが、唇の動きは見えた。  みつけた。  そう言ったようだった。
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