キノメ

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 私はハッと我に帰る。  この記憶は私のものだ。  だけど、遠くからぼんやり眺めているような感覚はなんだったんだろう。  いつの間にか祠の前に来ていた。  目の前に先日の少女が立っている。  赤い唇が開いた。 「また会えましたね」   ニコリともせずに少女は言う。 「あれ、お囃子は……?」   太鼓の音がいつの間にか消えている。 「太鼓は(たま)()ばいの音です」 「魂呼ばい?」  私は首を傾げる。 「妹の記憶を背負ってこの山を出たみたいだけど、戻ってきてくれてよかった」  そう言って少女は私と握手するように手を開いた。 「おかえりなさい」  祠を振り返って見ながら少女は抑揚のない声で言う。 「キノメ様とは(おに)(おんな)()()様と書きます」  少女は指で宙に字を書いて見せる。  なんで、彼女がその話を知っているのだろう。 「元々は災害を封じるために山に捧げられた少女たちのことを指します。彼女たちは鬼となって、次の鬼ノ女様を呼ぶのです」  私を見つめて言った。 「ちょうど、あなたのように」  足元がぐらりと揺れるような感覚があった。  それとは反対に私の体はどんどん浮き上がっていくようだった。  ああ、本当は私は……。  木でできた箱を中から叩いていた。  出して出してここから出して。  声が枯れて喉が痛くなるまで叫び続けた。  壁を破ろうとする爪は真っ赤に染まった。  無駄だ。  この箱は外から釘を打ちつけてあるのだから。  私は生きたまま箱ごと岩の中に埋められる。  暗い。  寒い。  いつになればこのときは終わるのか。  狂いに狂って。  私はいつの間にか鬼になった。  死ぬことを隠れるという。  いつまでも隠れんぼを続けて。  次の子を探している。  次の鬼になる子を。 「あなたを気の毒には思うけれど」  寒さをはらんだ晩秋の風が吹いた。  黒の長髪がなびく。 「起こってしまったことは戻せないのだから」 「みのりちゃん。何してるの帰るよ」  遠くから声が聞こえる。 「うん、今行く」  二人の影が山を降りていく。  落ちる夕焼けが血のように溶けて。  真っ暗な夜が山の全てを包みこむ。
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