優しい雨が、君の頬を伝うとき。

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「じゃあ優雨君、私は先に帰るね。また明日、学校で」  早織の背中は悲しそうに見えた。まだ若干十五歳の少女なのに、哀愁というのか……寂しさが感じられた。  僕は「うん、また」と返す。  二人きりになった途端、先生は深刻な表情に変わってコーヒーを口にした。 「岩中、天海の病気のこと、知ってるか?」  ゴクンと喉を鳴らした後、先生が聞いてくる。  コーヒーの香りが一瞬漂った。  僕は「ちょうど知りたかったんです」と言うのを必死に堪えて、「いいえ、何も」とカッコつけて答えてしまった。 「そうか……岩中も辛い症状? その類のものを抱えているとは思うが、天海はそれ以上に深刻でな」  深刻? 僕以上に?  先生はシリアスさを演出するように、目を細めながら話してくれた。  早織の……大病のことについてだ。 「特別日照アレルギー……ですか?」 「ああ。日の光が体に当たると、何故か目の水分だけが全くなくなり、重度のドライアイになるんだ。涙が出なくなって、失明する恐れがある。もっと言うと……死に至る可能性もあるんだ」 「……そんなに」  聞いたことのない病気だ。ドライアイになったり口が渇いたりする病気はあるらしいけど、日の光のせいで目だけピンポイントに干からびる病気なんて、実例はないみたい。  そんな奇病に、早織は襲われていたのか? 「天海は泣きたくても泣けないんだ。目の水分量の少なさが異常らしい」 「日の光を浴びると、余計にそうなるんですね」 「そういうこと。日中に活動していたら、嫌でも日は浴びるから。だから、今まで学校に来れなかったんだよ」  今は治療のおかげでゴーサインが出ているけど、本当は早織も家にいなきゃいけない存在なんだな。  だけど、先生の話を聞くに、適当な治療法はまだないらしい。  早織……僕が引きこもりになっていたこの期間に、言い表せないほどの不運に見舞われていたなんて。 「岩中も天海の気持ちがわかるだろ? だから仲良くしてやってくれ」  僕は短く「わかりました」と答えた。  やるせない気持ちが胸の辺りに現れ、どんよりした気分で帰り道を歩く。  っていうか、今日初めて会ったのに、あの先生すごくフランクに話してくれたな。結構話しやすかったし。  僕の雨涙現象のことも知ってくれていたし。  それにしても……世の中はアンバランスにできていると痛感する。  僕の他に、こんなに身近に不治の病に罹っている人がいたなんて。  まあ僕のは病とは言わないけど……。  強烈に襲ってくる悲しみ。  泣きたくなるのを必死に堪える。  頭上に分厚い雲が現れた。  泣くもんか……泣いたら僕は、地球一の厄介者になる。
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