優しい雨が、君の頬を伝うとき。

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「ねぇ優雨君。あの本棚見てみようよ」  視聴覚室の後ろの壁にある、草臥れた本棚。中にある本もどこか湿っていそうで、できれば触りたくはない。  埃被った棚の中から、早織は一冊の本を取り出した。  早織は「ちょっと休憩」と言いながらその本を持ってきて、隣でパラパラと捲る。 「うわぁ、この景色……綺麗」  感嘆の声を漏らす早織に、ついつい意識を向けてしまう。  真面目に解いていた数学の方程式を今は忘れて、早織の言葉にリアクションしてあげる。 「何の本読んでるの?」 「ん? これ、本っていうか、フリーペーパー」 「ああ、街の情報が載っているやつか。こんな古びた教室にも、そんなものがあるんだね」 「うん! 虹山ヶ丘の夕景色って表紙に書いてあったから、気になって……」  ……虹山ヶ丘の夕景色か。  一瞬で、あの時の記憶がフラッシュバックする。  あのサンセットの眩い光。早織もやっぱり、忘れられないんだ。  僕も気になって覗いてみる。 「この景色、もう一回見たいなぁ」 「あ、ああ。小学校の時に、見に行ったもんね」 「え? 優雨君も覚えてる!?」 「もちろんだよ……」  僕の答えに、早織の表情がパッと輝いた。  はしゃぐように席を立ち、声色を一段明るくして話し続けた。 「やっぱりやっぱり!? すごい綺麗だったもんなぁ……もう一回見たいなぁ」 「また……見に行こうよ」 「あれれ? それってデートの誘い?」  悪戯っぽく、僕の顔を覗き見る。思わず目を逸らしてしまった。  早織は「ふふふ」とニヤケながら、続きのページを捲る。  僕は勉強に集中できず、窓の外を見た。 「でも、もう見に行けないかもなぁ……」  無言で外を眺めていると、隣から弱々しい声が聞こえた。早織らしくない、か細い声だった。  見に行けない……それはきっと、病気のせいだろう。  あんなに強い日の光、浴びたら強い衝撃が早織の体に走ってしまう。絶対に行ってはならない。  だけど、せめて早織には前向きに生きていてほしい。  僕は他人事に聞こえないように気をつけながら「大丈夫、行けるよ」と答えた。
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